武蔵国三峯神社(埼玉県)

関東で伊冉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)を祀る、武蔵国三峯神社(みつみねじんじゃ)のお話をしましょう。
極めて交通の便がよろしくない、参拝すること自体がまさに〝修行〟といっても過言ではない高所・山中の神社にございます。これまで何度も参拝していますのでね、季節・時間などの違いはありますが、画像を掲載しながら特色をご案内しましょう。

三峯神社
〒369-1902
埼玉県秩父市三峰298-1
TEL 0494-55-0241

とても広い駐車場が用意されています。
神事の無い通常の日であれば、ゆっくりと駐車することができます。
もはや「白い気守り」頒布が無くなった(後述)ので、満車になることはないでしょうな。

西武観光バス三峯神社線が運行しています。バスの待合所には「天に近い神域」と小粋なフレーズが掲げられています。
太陽とは違う方向から不思議なエメラルド・グリーンの光が射していますな。〝神域〟ですから摩訶不思議な現象は当たり前のことですよ。

駐車場に車を停めて、山並みを楽しむために細いのですが〝下の通路〟を上っていきます。これは秋の紅葉が綺麗な時期ですね。

この緩やかな坂道を途中で振り返ると、こんな感じ。
葉の紅さから〝秋、真っ盛り〟であることが伝わることでしょう。

この坂道をのぼりきると、珍しい形態の「三ツ鳥居」が見えてきます。

これは、晴天時の三ツ鳥居です。

これは、曇天時の三ツ鳥居です。

そして、こちらは霧が残っている時の三ツ鳥居。

三ツ鳥居を正面から見てみましょう。

陽射しが入ってきた、秋の早朝の三ツ鳥居です。

これは、全体に光があたっている、夏の早朝の三ツ鳥居です。

これは、雨上がりの早朝の三ツ鳥居です。秋~冬に移り変わるあたりでしょうか。

そしてこちらは、霧が残っている早朝の三ツ鳥居です。

これまで見てきたように三ツ鳥居は、季節によって表情を変えて楽しませてくれます。

三峯神社は日本武尊(やまとたけるのみこと)が東国の平安を祈り、伊冉諾尊・伊弉冉尊の2神を祀ったことが起源といいます。

日本武尊の道案内は、山犬(狼)がしたことから、山犬(狼)が使いの神として位置付けられており、通常ですと狛犬(こまいぬ)が並んでいますが、三峯神社では「お犬様」(狛山犬=狛狼)となっています。

「三峯」の呼称は、景行天皇(第12代)が東国巡幸の際、社地を囲んで聳える「雲取山」「白岩山」「妙法ヶ岳」を賞(め)でて「三峯宮」の社号を授けたことに因むといいます。

三ツ鳥居の右手側に「三峯神社御由緒」と銘打った案内板があります。
この内容をもとに、年がハッキリしていることがらをまとめておきました。

 736(天平8)年  聖武朝、葛城好久(かつらぎのよしひさ)を派遣し祈願。
           聖武天皇から神号「大明神」が与えられる。
 745(天平17)年  月桂、国司の奏上により山主となる。
 1182(養和元)年 畠山重忠、願文を納める。
 1195(建久6)年 畠山重忠、社領を寄進して守護不入地とする。
 1352(正平7)年 新田義興・新田義宗の潜伏により、足利氏が社領を没収。
 1533(天文2)年 月観道満(げっかんどうまん)、諸国勧進をなして社殿を再建。
 1533(天文2)年 龍栄、京都聖護院へ窮状を訴える。
          後奈良天皇から神号「大権現」を与えられる。
 1661(寛文元)年 本殿、建立。
 1691(元禄4)年 随身門、建立。
 1727(享保12)年 日光(にっこう)、山中にて狼が群れる神託に触れる。
          享保年間(1716~36)、社殿および周辺の復興整備に尽力。
 1792(寛政4)年 随身門(仁王門)、再建。
 1800(寛政12)年 拝殿、建立。
 1817(文化14)年 江戸・木場の竪川講、社殿前の唐銅(青銅)灯籠を奉納。
 1845(弘化2)年 江戸・木場の竪川講、社殿前の青銅鳥居を奉納。
 1853(嘉永6)年 江戸・木場の竪川講、社殿前の手水舎を奉納。
 1857(安政4)年 八棟灯籠、建立。
 1873(明治6)年 郷社となる。
 1883(明治16)年 県社となる。
 1903(明治41)年 江戸・木場の竪川講、社殿前の神楽殿を奉献。
 1939(昭和14)年 三峰ロープウェイ、敷設。
 1961(昭和36)年 拝殿、改修復元。
 1965(昭和40)年 随身門、改修。
 1973(昭和58)年 八棟灯籠、修復。
 2004(平成16)年 本殿・社殿・随身門、塗り替え修復。
 2007(平成19)年 三峰ロープウェイ、廃止。
 2012(平成24)年 拝殿前の敷石に〝赤い目の龍神〟が出現。
 2012(平成24)年  「白い氣守」頒布、開始。
 2018(平成30)年  「白い氣守」、当分の間は頒布休止。

これは略年表ですからね、〝完全版〟などとは認識しておりませんし、「○○が抜けている」という批判は無しでお願い致します。複数のものを参照しながらまとめましたので、1年のズレがある事柄もあります。そこを追求するまではしておりません。
「完全」をお求めの方はご自分でお調べくださいな。

文字を読むことに集中して見逃してしまいますが、案内板の中央・上部に「お犬様」が顔を出しています。
茶目っ気なのかもしれませんが、そこそこリアルな造形なので、更に上を向いて目・口があいているので一種のホラー的演出になっています。

 

三ツ鳥居を抜けると、緩やかな上り坂の参道が伸びています。

 

「令和」改元後の間もなくは、この様な幟が彼方此方に立てられていました。

このまま歩みを進めていくと、遙拝殿(ようはいでん)・日本武尊(やまとたけるのみこと)の銅像・随身門(ずいじんもん)の3方向に分かれる交差点があります。画像の突き当たりが交差点ですが、そこまでの参道の様子です。

これは、晴天時の参道です。

これは、雨上がりのしっとりした参道の様子です。

そして、こちらが早朝で未だ霧が残っている状態の参道です。
同じ場所でも、この様に気候によって雰囲気が随分変わりますな。

 

では、交差点から「遙拝殿」の方へ向かってみましょう。

薄くはなっていますが、霧の立ちこめる遙拝殿への階段です。鳥居がぼやけて見えます。

晴天時ですと、こんな感じです。これは〝天照大神の恵み〟が射している場面ですな。

良き天候ですと、遙拝殿から先の視界が開けていますが・・・

霧が立ちこめていると、真っ白な景色?になってしまいます。
よく「神秘的だ」と言われていますが、霧に包まれるというのは、あまり気持ちの良いものではありません。恐怖とは違いますが、不気味・気持ち悪いと感じています。

遙拝殿の内側は、こんな感じです。
この正面には妙法ヶ岳にある「奥宮」のある場所が見えます。
肉眼で奥宮そのものが見える訳ではありません。

遙拝殿からの見晴らしは、

晴天時だと、こんな感じ。

霧が立ちこめていると、こんな感じです。まさに五里霧中の状態ですな。

でも、天候の状態と「運」により

 

 

「雲海」を楽しむことができます。
こちらに掲載したのは〝中途半端な〟雲海ですが、運が味方してくれれば〝綺麗な雲海〟を見ることができるでしょう。
因みに、こちらは静止画ですが、実際に現場ですと雲は動いていますからね。雲が少なくなってきた・・・と思ったら、また厚い雲が流れてくるという、壮大な自然の力を体感することができます。感動・感激とは違いますが、自然に畏敬の念を感じてしまいます。

遙拝殿から方向転換すると、鳥居が視界に入ってきます。

遙拝殿に向かっていると、意識がその先の景色に向いているため、鳥居の姿は気になっていません。

しかし、こうして鳥居に向かうと、こちらに額が掲げられています。
この画像は、霧がかかっている背景になっていますが、この先・正面には随身門(ずいじんもん)が配置されています。

その前に、地形によるのでしょうが鳥居の上の方に「お犬様」阿吽(あ・うん)がおわします。

こちらは晴天時の「お犬様」阿吽です。丸っこい顔が愛らしいのですが、少々傷んでおられます。

こちらは霧中の「お犬様」阿吽です。あくまでも雰囲気・印象ですが、生気が宿っているように見えてしまいます。

鳥居から視線を下に向けると、随身門へ直線的参道が伸びています。
これは意図的な配置でしょう。

 

霧があれば、随身門が見えそうで見えないという、この様な場面に遭遇します。
〝幻想的〟と思われますが如何でしょうか?

この階段を下りて、随身門ではなく、右手側を向くと

「日本武尊銅像入口」の碑が。画像中央部に集中すると小さくですが日本武尊(やまとたけるのみこと)の姿が見えます。

階段を上っていくと、

岩が組み上げられた台座の上に、日本武尊が右手を掲げて立っています。

雲ひとつ無い超・晴天ですと、日本武尊も眩しそうです。

まわり込んで見ていきます。

 

紫がかった雲のもと、東国を見据える日本武尊の姿です。

こちらも、雲ひとつ無い超・晴天の時の日本武尊ですが、晴天といっても青さが桁違いの濃い青の時でした。

こちらは偶々ですが、日本武尊から雲が上っている様に見える画像です。
背景の空模様で、日本武尊が醸し出す雰囲気が変わってきます。

日本武尊の左側にまわっていきます。

 

おそらく、高い位置に置かれ、観光客が下から見上げるということを想定し、掲げた右手が大きく造られているのでしょう。
近付いて見ると、右手の大きさが目立ってしまいますが、引いて見ると程良いバランスになりますよ。

曇天の時だと、日本武尊は

先ほどご覧いただいた雰囲気と違ってしまいますね。

霧が立ちこめている時だと、

 

 

 

こんな感じです。
人によっては「幻想的」とか「神々しい」と思われるでしょうが、実際にこの現場で写真を撮っていると不気味&気持ち悪いのです。

気持ち悪い画像で区切るのは避けたいので、

先ほどの〝紫がかった雲〟のもと、〝日本武尊が天照大神と対話〟している様子で区切りとしましょう。

 

では、交差点に戻り、随身門(ずいじんもん)に向かいます。

良い天候で陽射しがある時の随身門です。

霧が立ちこめている時の随身門です。

この随身門は、江戸幕府5代将軍・徳川綱吉(とくがわつなよし)の治世に建てられました。詳細は判りませぬが、傷んでいたようで11代将軍・徳川家斉(とくがわいえなり)の治世、老中・松平定信が寛政改革を主導していた1792(寛政4)年に再建がなされたそうです。1965(昭和40)年に改修が、2004(平成16)年に塗り替え修復がなされました。なかなか歴史を有した八脚門になります。
現在は門の呼称の通り2名の「随身」がそれぞれ左右に控えておりますが、かつては仁王が配されていたそうです。その仁王像は現在、埼玉県鴻巣市の勝願寺(しょうがんじ)に安置されているそうです。機会があれば会いにいきたいと思います。

雪が残っている随身門です。何年か前の初詣(元旦ではない)時の様子です。

随身門の「お犬様」のお姿です。こちらは晴れていた時の様子です。

こちらは雪が残っている、晴れていた時の様子です。

こちらは同じく随身門前におわします「お犬様」ですが、霧が立ちこめていた時の様子です。
石造りということもあり、湿気によって色合いが変わっているということは大前提ですが、霧のある画像の「お犬様」の方が〝生々しさ〟を有している様に感じます。気のせいかもしれませんがね。
前掛けの色が違うのは、何故かは判りません。

2004(平成16)年に月観道満入山500年記念事業として、大規模彩色復元がなされました。
この「三峯山」の扁額は伊勢国長島藩の5代藩主。増山正賢(ましやままさかた:雪斎と号す)の筆によるものだそうです。

こちらは霧が残っている状態の随身門の扁額を見上げているところです。

どうしても派手な極彩色の装飾にばかり目が向きます。
そして、門を通り抜けますよね。だって社殿へ参拝に行く途中ですからね。
でも門を潜っている途中、ちょっとの間でかまわないので上を見てください。
すると・・・

顔料は失われています(?)が、よーっく見ると「ドラゴン」の姿が見えてくるのですよ。

別の天井板は・・・

・・・何を描いているのか判りません。
何時ぞやか、画像を撮ってすっかりと忘れていました。今回の画像整理で思い出しましたよ。次回の参拝時に、随身門の天井絵を慌てず、丁寧に撮影してきます。

随身門をくぐり抜け、振り返った画像です。
この画像から、随身門はけっこう奥行きのある建造物であることが判りますね。
直線上に遙拝殿の鳥居が見えます。
調べていませんが、意図的な配置であるのがお判りでしょう。

随身門を抜けて数歩進んでから、振り返って裏側を見ている画像です。
門の裏側は下りの参道になっていますので、表側よりも高さを感じます。

随侍門を抜けると、傾斜の強い参道を下っていきます。

通常だと、この様な感じの下りになります。
幅広の段々になっていますので、足・腰・膝に不安があったり、杖や車椅子などをご利用の方は、先ほどの交差点で、日本武尊銅像入口の横っちょから進んで行くと段差無しで社殿まで到達することができますよ。

いつも車で訪れているので、天候を観察・考慮しながら出発しています。
降雪状態ですと到達することは困難ですが、前日まで降雪で参拝時は晴天といった場合、この様に参道上に雪が残っていることがあります。
雪が残っていたり、降雨もしくは雨上がりで路面が濡れている際は、足元にお気を付けくださいな。

こちらは霧が残っている状態の参道です。
だいぶ薄れてきていますが、濃い霧が残っていると不気味・気持ち悪いです。

気持ち悪い画像が続くと、記事だけではなく、HP自体もネガティヴに覆われてしまいますので、適度に明るい気持ちになる様に敵な画像を挿入しています。

強めの陽射しを感じたので、随身門を抜けてから語りかけてくる天照大神の方を向いた時の画像です。あぁ、心が安らぎまする。

参道を少々下って、随身門を振り返った時の画像です。
傾斜は上から見た時よりも緩やかに見えますが、足・腰・膝に不安をお抱えの方は、慌てずゆっくりとお進みください。

雪の薄化粧が施された参道でも、こうして参拝客が通ったところは雪が消えてしまいますのでね。安心して、でも慌てずしっかりと歩んでいけば大丈夫です。

ちょいと長めの下り参道ですのでね、振り返りながらのご案内をしております。

随身門から見下ろした画像に見える参道の端っこあたりで振り返っています。
晴天ですと、この様に〝天照大神の恵み〟が背中を押してくれます。温かくて心地良いのです。

でも霧があると、濃い霧ではなくても不気味・気持ち悪いのです。

随身門から社殿の下・階段までの、ほぼ中間地点あたり、左右に分かれるポイントがあります。

 

もっと寄ってみましょう。
ここにも「お犬様」がおわします。

右手側の「お犬様」、口を開けた〝阿形〟にございます。

境内に何組もの「お犬様」がおわしますが、最も〝圧が強い〟組み合わせと思います。
人によって感受性は異なるのでしょうけれどね。

晴れていても、季節が違っても、何時でも〝圧が強い〟のですよ。
ご覧になって判ります?

では、

霧が出ている時の画像をご覧いただきましょう。〝圧の強さ〟をお判りいただけましたか?

反対側(左手側)の「お犬様」、口を閉じた〝吽形〟のお姿です。

初めて三峯神社を参拝した時、こちらの吽形が〝ずっと睨んでいた〟のが印象的でした。
それ以降、何度も参拝していくうちに馴染みましたけれどね。

晴れていて、明るい時でも〝生命感〟がダダ漏れなのですよ。

こちらも霧が出ている時の画像をご覧いただきましょうかね。

随身門の「お犬様」が見張り、まさに門番であるならば、この参道・中間地点に配されている「お犬様」は眷属の管理をしている様なポジションという感じ。
この画像からも、〝ただ者では無い〟感がヒシヒシと伝わってきますよ。

いつも、この視点から〝備え〟ているのですよ。安心の極みですな。

この「お犬様」を過ぎると、すぐに左右への分かれ道になります。

一般的には左側の道を進んでいくのですが、こちらを選ぶと階段を上らなければなりません。階段を上るのが〝たいへんだ〟〝難しい〟という方は、右側の道を選ばれるのがよろしいでしょう。

では左側、階段を上っていくことになる参道を進んで行きましょうか。

途中、左手側に根っこと幹が合わさっている

「縁結び」の木(パート1)がおわします。

雨が降っていて濡れていると、〝生々しさ〟が強調されます。
自然の力なのでしょうけれど、時と場合によっては気持ち悪・・・いや、凄いなと思います。

やっと、社殿に向かっていく階段の手前まで来ましたよ。

 

霧があると、こんな感じ。社殿の近くだと、霧が立ちこめていても安心です。

晴れている時、階段下から社殿を仰ぎ見ると

こんな、感じになります。

霧があると

こんな、感じになります。おぉ、神秘的な感じがします。神域中枢なので当たり前ですな。ここにも「お犬様」がおわしますな。写真を撮ったことはありませんが。次回参拝する際は意識しておきます。

陰になって見辛くなってしまいましたが、「三峯神社」の額が掲げられています。
この青銅製鳥居は、1845(弘化2)年に建立されたものだそうですよ。

鳥居をくぐると

神木に挟まれた階段の先に社殿が見えています。
階段を上りきったところに、青銅色の灯籠1対が立っていますね。

霧があると、こんな感じ。神々しいですな。

素敵なので、角度を変えて見ています。

階段を上っていく前に、鳥居をくぐって左手側に「手水舎」(ちょうずしゃ)があります。

この手水舎は、1853(嘉永6)年に再建されたそうです。
マシュー=カルブレース=ペリーが来日して、江戸幕府へ開国を迫った時の建立ですよ。
現在はコロナ禍の影響で、水を流していませんね。祓い串で浄めます。

手水舎で心身を浄めたら社殿へ・・・って、慌てないでいただきたい。
天井を見上げてくださいな。すると

逆さ龍〟と目が合うのです。
四隅に朱の墨書がありまして、

 右上:「觀音院十一世現住
      權僧正觀寳(花押)」

 右下:「峯藏院智寛 勝手頭
           木村藤兵衛
     峰壽院有寛 大工世話方
           廣井定吉
     多寳院荷笈       」

 左上:「嘉永六癸丑年
      再建造立 」

 左下:「當郡大宮郷宮地
      大工棟梁 藤田若狹掾
            藤原都彦
     當國大里郡河原明戸邑
      彫工   飯田岩次郎義棟」

とあります。ご興味をお持ちの方は、各自お調べくださいな。

鳥居をくぐって右手側に「八棟灯籠」(やつむねとうろう)があります。
画像は、反対側から撮ったものです。
この木製の灯籠は、1857(安政4)年に建立され、1973(昭和58)年に修復がなされたそうです。
とても繊細な彫刻が施されており、鮮やかな朱で彩られています。

 

では次、「神木」を見ていきましょう。

階段の下から撮った、注連縄(しめなわ)が施された神木の姿(上まで)が見える画像です。
手水舎・法堂灯籠で注連縄が見えませんけれどね。

神木の案内板には、以下の様な説明があります。
「   神木
 境内には古木・大木に囲まれ霊氣・神氣満ち溢れています
 特に社殿の左右の大きな杉の木(しめ縄のある木)は鎌倉時
 代の武将畠山重忠公が奉献されたもので樹齢八〇〇年と推
 定される神木です
 神木より発する「氣」は活力そのものです
 神木より氣を頂き三峯山の霊氣・神氣により活力のある毎
 日をお過ごし下さい                   」

まず、拝殿向かって右側の神木を見ていきましょう。

参拝客が触ったところの樹皮が抉られていますね。
〝触れる〟のではなく、スリスリ〝撫でる〟とこうなりますね。
状態が悪化すると、神木の生命に影響がでてしまいます。スリスリは止めましょうね。

霧があると、「神木」感が増します。

拝殿前だと、神木の注連縄が施されたところに手が届きそうです。
注連縄には触れないようにしましょうね。

目線を上げています、
社殿の金具に、陽の光が当たって輝いています。これも瑞兆ですよ。

次は、拝殿向かって左側の神木を見ていきましょう。

これは何時ぞやの初詣(元旦ではない)の際の様子です。
「神木」から「氣」をいただこうと順番待ちをしている方々の様子です。

晴天の時は、見るからに清々しさを感じますな。

霧が出ている時の「神木」です。
なかなか抉れています。だいぶ傷んでいるのが判ります。

〝触る〟行為を否定する意見も聞きますが、〝パワーをもらう〟という願望で触る人は跡を絶ちませんからね。法隆寺回廊の柱(いわゆるエンタシスの柱)もスリスリされて、表面が削られています。〝撫でると削れる〟ということを踏まえないと、時間は掛かりますが法隆寺回廊の柱は〝逆エンタシス〟になるでしょうし、三峯神社の神木にも穴が開いてしまうでしょう。

下から見上げてみました。頑張って逞しく立っているのが判ります。
並ぶことは嫌ですし、文化財(?:神木は文化財に入るかは置いといて)を気軽に触ることには抵抗がありますので、ここまで近付いても触っておりませんの。

注連縄が掛けられていなくても、スリスリされているのが判ります。

これは、神木と天照大神のコラボレーション。

畠山重忠(はたけやましげただ)が植えたと伝わり、注連縄が施された2本の神木は〝重忠杉〟と呼ばれています。
NHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が絶賛放映中ですからね。触りに行くひと、今後も居るでしょう、増えるでしょう。武蔵御嶽神社の畠山重忠が奉納した赤糸威大鎧にも観光客が殺到するのでしょうかね?
畠山重忠(役)はドラマに登場はしていますが、但し重忠は13人に含まれていませんけれどね。

注連縄をかけた「重忠杉」だけでなく、案内板にある様に「神氣」「霊氣」をまとっている神木は境内の彼方此方におわします。神木のみならず、境内の木はすべて大事にしましょう。

社殿右側の神木の横、「祓戸」(はらいど)の前にちょとした広場がありますが、そこに「神楽殿」(かぐらでん)があります。

この神楽殿は、1903(明治41)年に東京・木場の竪川講(たてがわこう)によって奉献されたものです。
竪川講は、数多い江戸・三峰講のなかでも三峰神社と最も繋がりが深い講(こう:材木問屋仲間で経済に直接関わらない組織)です。19世紀になると、参詣・奉納を通じて仲間の結束を図り、三峰信仰の有力な担い手になったのだそうです。

因みに、1894(明治27)年から長年奉納されてきた三峯神代神楽(市指定無形民俗文化財)は、この神楽殿において2015(平成27)年4月の奉奏を最後に歴史を閉じたそうです。

霧が立ちこめていると、この様に幻想的な雰囲気になります。
こうした状態で、舞楽などを愛でると風流ですな。費用が嵩むことになるでしょうが。

ほんに偶然でしたが、神楽殿の前で焚き上げをしている場面に遭遇したことがあります。
早朝でしたから、参拝客の姿はありませんでした。

 

さて、いよいよ社殿に参りますよ。

拝殿前にて参拝を済ませてから、左側に避けて目線を下ろすと

こういったものが、視界に入るのです。

2012(平成24)年、拝殿前の敷石(しきいし)に忽然と〝赤い目の龍神〟が出現したといいます。残念ながら出現前の画像を持ち合わせておりませなんだ。

敷石が乾いていると、こんな感じです。

 

参拝する度に、この赤目のドラゴンを撮影しています。
以前はドラゴンが見えやすくするため、桶の水を柄杓ですくってかけるようにしていましたが、それも感染対策のために停止されているようです。

霧が残っていた時は、自然と敷石も濡れていて、赤目のドラゴンがくっきりと見えます。

ちろん、雨上がりの時もハッキリ・クッキリとドラゴンは姿を現してくれます。
突然現れたということですのでね、突然消え去ることがないようにしていただきたいものです。

参拝を終えてから、正面から避けて撮らせていただきました煌びやかな装飾を纏った拝殿の様子です。

「令和」改元、天皇即位後の間もない頃に参拝した時の画像ですな。
こちらの「三峯神社」の扁額は、大政奉還後に旧幕府軍を攻め立てる急先鋒の役割を果たした有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひとしんのう)の筆によるといいます。
三峯神社の境内には、歴史的著名人に関わる物がとても多く遺っています。境内そのものが文化財の宝庫となっていますな。素晴らしきことです。

左脇から、

右脇から拝殿の麗しさを楽しんでいます。

授与所前から拝殿左側を臨んでいます。〝天照大神の恵み〟が彩りを添えてくれています。

こちらは、霧が残っている状態の拝殿左側・神木の様子です。

晴れている時の、拝殿右側の画像です。

霧が残っている拝殿右側および本殿の様子です。
この画像では見えませんが、本殿の欄干内にも「お犬様」がおわします。

社殿・授与所から更に左手に進んで行くと、「えんむすびの木」(パート2)や「御仮屋神社」があるのですが、今回は割愛します。

 

さて、遙拝殿から臨む妙法ヶ岳に鎮座する「奥宮」ですが、何時ぞやの春に一度チャレンジしたことがあります。

 

 

参道の舗装がどんどん細くなっていき、

舗装が無くなります。

それでも人通りがあるため「道」があることが判るので、進んで行く目印になります。

 

 

不安にはなりますが、周りを見回しながら〝ここが通路だ〟と判別できるところを進んでいきます。

こうして途中に鳥居があると、迷子になっていない安心感を得ることができます。

 

 

 

ここいら辺になると心中に「辿り着けるのだろうか?」という不安な気持ちが大きくなってきます。

もうちょい進んで、平らな場所で休憩しつつ天を仰ぐと

空が暗くなっている感じに。

「さぁ、頑張って進むべ」と進軍を再開すると

前日に降った雪が残っているエリアに入りました。
ちょいと進んだのですが、

細道&雪道。
同行者が靴底のツルツルなスニーカーを履いていることと、滑って転んで傾斜に引き込まれていく映像が脳内でリアルに再生されたため、この時の奥宮へのチャレンジは中断となりました。
あともうチョイだったのに。でもこの先がかなり嶮しいらしいです。
雪の無い季節に、再チャレンジしようと考えています。

 

最後に「白い氣守」のお話をしましょうか。

三峯神社の授与所では「氣守」(きまもり)頒布がなされており、赤・紺・緑・桃色の4種があります。他にも「○○守」と別デザインの各種守りもいただくことができます。

2012(平成24)年より、通常の氣守とは別に、毎月1日限定で「白い氣守」の頒布が始まりました。著名人の利益のエピソードなどが話題となり、特別感のある「白い氣守」を求めて全国から参拝客が押し寄せてくるようになりました。

何時ぞのことか失念してしまいましたが、「白い氣守」をいただきに出向いたことがあります。大変混雑するという情報を得ていましたので、午前3時を過ぎたあたりに出発をしました。
いつもは午前5時頃に出発し、午前8時前に到着するのですが・・・。
ダムを渡ってからの山道の2/3辺りで渋滞にハマってしまいました。

午前5時台だったと記憶しています。確か10月か11月で、雨天でした。
進むこと無く時間が過ぎていき、ガソリンも無くなっていきます。

午前6~7時頃の様子です。
車が大渋滞しているということで、車を乗り捨てて徒歩で進む民衆の姿が跡を絶ちません。
彼方此方での路上駐車もあり、それを避けながら渋滞が激化していくのです。
少々苛立ちましたが、浅ましき民衆の所行に利益(りやく)は施されないのは自明の理ですから、心の平穏を取り戻しました。

やっと駐車することができたのは、午前9時過ぎのことでした。

「三ツ鳥居」の前で神職の方が引換券を配布しておりました。

こちらをいただき、授与所で「白い氣守」を頂戴しました。
「白い氣守」をいただいたのは、この時限りになりました。またチャレンジしようとは思いませんの。

何度も引換券を手に入れ、複数の「白い氣守」を入手する不届きな族(やから)も多かったそうです。転売目的だったといいます。
想定外の交通渋滞と「白い氣守」転売という事情もあって、2018(平成30)年より月初めの「白い氣守」頒布は当分の間、休止になってしまいました。

「白い氣守」頒布休止には賛否両論があります。
でも発想を転換すると、落ち着いて参拝することができるようになったと考えることができます。

三峯神社は「憑き物」落としで絶大なる効果を得ることができるといわれています。
確かに参拝すると、心身共に晴れ晴れとしたものになりますし、実際に身体も軽快になります。
人によって感受性が異なりますので、違いはあるかもしれませんが、体調を万全にして参拝されることをお勧め申し上げます。

今年(2022年)は未だ参拝しておりませんので、機会をみて足を運ぼうと考えておりますよ。

 

 

 

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