大和国薬師寺‐東塔から食堂‐(奈良県)

2021(令和3)年末の駆足初詣で参詣した大和国薬師寺「白鳳伽藍」を愛でたお話、東塔からの続きになります。

でもその前に、東塔が解体修理中であった2019(平成31)年3月末に訪れた時のことを振り返りますな。

この時は公共交通機関(近鉄・西ノ京駅)を利用して、先に唐招提寺を参詣してから徒歩で薬師寺に向かいました。唐招提寺・薬師寺の間は10分掛かりませんからね。
與楽門(よらくもん)の前を通って北受付から薬師寺の境内に入りました。もう少しで16時30分になる、受付時間ギリギリの到着でした。

 

拝観終了まで残り30分。
東僧房の裏側から東院堂の方向へ向かって急ぎ足で進んでいきました。

 

左手側に「あなたのお写経を国宝・東塔に収めませんか」という写経の勧誘が視界に入りましたが、写経をする時間がありませなんだ。
それにしても「特別写経」1万円って・・・。貴重な機会というのは判りますがねぇ。

 

コレを見て、2019年3月の時点では〝あと1年、来年じゃぁん。また来ようっ〟と、軽い気持ちで思っていました。東塔の解体修理って2009(平成21)年から行われていたそうです。約110年ぶりの解体修理は、12年の長きに及ぶものになっていたのです。何となく〝修理している〟ということは聞き及んでいましたが、正直それほど気にしていた訳でもありませんでした。

 

東院堂の前は急ぎ足で通り過ぎたので、写真はブレブレでした。
だって残り時間30分、切っていたんですよ。
東院堂の前を通過して中門に向かっていた時に撮った写真です。
向こう側に西塔の上層部が見えていますね。

 

中門で二天王像をしっかりと撮影していましたよ。ここには掲載しませんけれどね。
左手側の西塔の様子です。正しくは何と呼べば良いのか知りませんが、幟(のぼり)が建てられていました。

 

駆け足で西塔の正面に立ちました。
曇り空と、拝観時間終了間際で人気(ひとけ)の無い状態を楽しむことができました。でも3分未満ほどのできごとでした。

 

東塔に向かう際、左手側に再建された金堂の華やかな姿がありました。
当時はまったく気にしていませんでしたが、こうして画像を見てみると儀式を行う舞台が設営されているではないですかっ!
曇り空だったため、金堂内の薬師三尊の姿もうっすらと見えるじゃないですかっ!
こうした状態を、ほぼ素通りして東塔に向かって小走りしていきました。

 

2019年時点では解体修理とはいっても、この覆いの内側ではだいたい組み上がっていたことでしょう。手前に西塔と同様に幟(のぼり)が立っていました。何かイベントがあったのでしょうね。

 

覆われている東塔を、正面から見てみました。
この中で、想像を絶する細やかな解体そして復元作業が成し遂げられていたのですね。

 

文化財の解体修理って、なかなか巡り逢うことができないですからね。
薬師寺東塔の件はそれほど注視していた訳ではありませんが、後になってその貴重さを実感しています。やはり距離的な問題がありますから・・・。
西国に住む選択をしておけば良かった。

 

「白鳳伽藍」の再建に携わった故・西岡常一(にしおかつねかず)氏や宮大工の皆様のご尽力は、この薬師寺訪問から帰還後に調べて知ったので、現在では大和国薬師寺に対する気持ちはこの時と全く異なったものになっています。
2019年の時点で、一応は裏側からですが再建金堂の姿も東塔の工事現場と共に撮っていました。

 

こうした経験を経て、2021(令和3)年末に再度、薬師寺を訪れたのです。
解体修理が済んで、これから千年もこの立ち続ける東塔の姿がこちらです。

解体修理を経たとは謂え、平城京における薬師寺創建当初から唯一そのままの姿を現在に伝えています。

 

雲がバーッと流れていき、青空が見えてきました。
嬉しくなって、東塔に近寄っていきます。

 

もともとは西塔の様に連子窓があったそうですが、何時ぞやの修理で壁にされてしまったそうです。
そうすると、厳密には〝完全なる創建当初の姿〟とは言い難いのですが、そうした細かいことを気にしてはなりません。
ある意味、西塔が創建当初の姿を現代の宮大工が得た情報と研鑽してきた経験・技術で建てられた訳ですから、1300年以上もこの地に立っていた東塔との対比が見事なのです。

 

東塔の修復においては、できるだけかつての材料が使われているのだといいます。
塔の芯柱の下の部分、約2mは新造されたのだそうですよ。

書籍や画像・映像などで見る東塔と、実際に近寄って見上げる東塔は〝別物〟でしたよ。
決して太くない、いや細く感じる垂木(たるき)が細やかに丁寧に組み合わせられている姿は、力強さとは異なる〝歴史の迫力〟を放っていましたぞ。

 

場所によっては屋根を支える垂木が、腐食してしまい先っちょが当初の半分に〝痩せちゃっていた〟そうですよ。
更に軒の垂下も彼方此方、顕著になっていたそうです。
・・・それが、このように丁寧に修復されておりました。〝修理しました〟感がほぼ無いのは携わった宮大工の皆様の素晴らしい技術と経験によるものです。

 

この度の解体修理は、薬師寺と奈良県教育委員会文化財保存事務所などがおよそ21億円の費用をかけて実現したのだそうです。
日本が誇る国宝の文化財ですからね・・・どうやって払ったんでしょうね?減金一括?分割?・・・あまりにも高額なのでイメージしかねまする。

東塔の後ろに天照大神が控えて居ますからね、塔から後光がさしておりますよ。

 

我慢しきれずに天照大神が出てきちゃいましたよ・・・というのは厳密に言うと正しくなく、東塔から離れて、天照大神が見える様にまわり込んだのでござる。

 

神々しくて、楽しくて、同じ様な写真をたくさん撮りましたよ。
ちょっと離れ過ぎちゃいましたな。折角なので、また近付きます。

 

立ち位置と、塔との距離と、角度と、天照大神の恵みとの組み合わせで、どの画像もみな東塔の表情が違って見えます。
薬師寺東塔って晴れの日も、雨の日も、曇りの日も・・・1300年を超える時間ここに居て、ここを訪れた各時代の人びとに見上げられたのですよ。こうやって遊んでいますが、感動です。

 

「水煙」(すいえん)を拡大して撮りました。
でも、これレプリカなのでござるよ。

 

薬師寺東塔の全面解体修理の過程は以下の通りです。

2011(平成23)年 解体修理用の素屋根が設置される。
2012(平成24)年 瓦を外し、解体作業が開始。
2013(平成25)年 屋根の上の水煙、取り外されて61年ぶりに地上に降り立つ。
2014(平成26)年 心柱の取り外し、開始。
2015(平成27)年 解体、礎石を残した状態で完了。
      同年 奈良時代に描かれた極彩色の天井画、発見。
2016(平成28)年 薬師寺東塔が平城京における新築であったことが確定。
2017(平成29)年 心柱を心礎に戻す立柱式、執り行われる。
2018(平成30)年 心柱を継ぎ足す立柱の儀、執り行われる。
2019(平成31/令和元)年 新調「平成の水煙」、装着。
      同年 解体修理用の素屋根、撤去。
2020(令和2)年 東塔、落慶法要が執り行われる。

 

いやぁ、薬師寺東塔ってホンマに美しいですなぁ。

 

ずーっと東塔のもとに居たかったのですが、他の伽藍も見てまわらねばなりませぬ。
次に向かったのが「大講堂」にございます。

初詣の準備がなされておりました。
屋根の両端が切れてしまっている・・・残念。

「大講堂」は薬師寺「白鳳伽藍」のうち最大の建造物です。
本来の大講堂は、
1528(享禄元)年 柳本賢治と筒井順興の戦闘で焼失。
1852(嘉永5)年 再建されたが、創建当初よりも小規模だった。
2003(平成15)年 「白鳳伽藍」再建のために解体。
         創建当初の規模で大講堂が再建される。

 

「新春護摩祈願」だそうです。
坂東に居を構えてしまったため、西国の由緒ある神社・寺院への「新春初詣」は不可能にございます。

 

大講堂の中央には弥勒如来(みろくにょらい)、正面向かって左側には大妙相菩薩(だいみょうそうぼさつ)が、右側に法苑林菩薩(ほうおんりんぼさつ)が並んでいます。
当初は大和郡山市の植槻寺(うえつきでら)に祀られていた仏だったと伝わっていますが、中世に薬師寺へ移されたのだといいます。

 

徘徊しながら大講堂の良き姿を探っています。
ご覧の通り、この日の天候があまりよろしくなかったのですよ、

 

「新春護摩祈願」のテントが入らないように撮った大講堂の様子です。
次は、新春仕様の装備が無い状態を楽しみたいと考えています。

 

視点を変えてみましたが、これではテントに囲まれていますね。
テントの間を突っ切って、大講堂に接近していきます。

 

テントが入らないように撮ると、こうなってしまいます。
新春仕様はレアなのですが、伽藍(建物)を楽しもうとすると邪魔っ気になります。

 

大講堂の前にある壇、新春仕様の演出です。

 

大講堂の石壇にあがって、新春仕様の臨時設置壇を見ています。

 

ほら、こんな感じです。

 

次は、鐘楼に向かいました。

 

 

 

ぐるっと鐘楼をまわってみました。
「鬼瓦」を乗せていますね。

 

鐘楼のある場所から、麗しい東塔を臨んでいます。
先に掲載した、天照大神と遊びながら撮った東塔の画像。
雲の動きを見るに、イイ時に撮れたものでしたよ。

 

次は「食堂」(じきどう)に向かいました。

食堂は2017(平成29)年に再建されました。
食堂では、本尊「阿弥陀三尊浄土図」と壁画「仏教伝来の道と薬師寺」を拝観することができましたよ。

食堂の隣「西僧房」(にしそうぼう)では、本物「水煙」などを見学することができました。
「水煙」については、別の機会にお話することにしますね。

このあと「玄奘塔」にも行きましたが、はしゃぎ過ぎてへばってしまいました。

 

駐車場に戻ろうとした時、目が合っちゃったのでパシャリ。

 

鬼瓦の横っちょに亀の甲羅らしきものが。

 

反対側も、同じようなデザインでした。

 

 

普段は閉じられている、現在は使用されていない門。
何と呼ばれているのかは知りませんが、ちゃんとこういう部分も遺っているのが、嬉しいですね。

 

前編を掲載してから、かなりの時間が経過してしまいました。
いやーぁ大和国薬師寺「白鳳伽藍」、とても楽しかったですよ。
また、参詣したい気持ちでいっぱいです。
薬師寺関連のDVDを反復視聴して、次回の参詣に備えますね。

 

 

 

 

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