〝秋の大和国を楽しむ〟ことをテーマにした遠征で、短い滞在時間のなか〝秋ならではの風景〟を愛でることができるのは何処か?と考えた時、自然に囲まれた「石上神宮」を想起しました。
大和国を訪れると、高確率で参拝する神社ですからね。さぞや赤味がかっているだろうと予想したのです。
車を停めて、正面入口にまわりました。県道51号線に面しているところです。
左上にチラッと〝秋らしさ〟が見えています。もっと赤・オレンジ色が主張していると思っていました。
しかも、
参道が工事中となっていました。
どうなることやら・・・と思いましたが、小規模工事でしたので参拝に特に問題はありませんでした。
細身ですが大きな蜘蛛が出迎えてくれましたよ。
工事箇所を抜けて参道を進みます。
黄色い葉っぱが視界に入ってきます・・・秋なのですよね。
参道沿いの木々は常緑樹が多いのか・・・。
駐車場から斜めに上がってくる通路の手前です。
「布留社」の文字が彫られた石灯籠の向こうに、オレンジ色の光を放つライトが点灯しています。
駐車場から斜めに上がってくる通路をちょいと下って、「石上神宮」の文字が彫られている碑を撮りました。碑の上部に〝秋らしさ〟が見えています。そう、こういうのを望んでいたのですよ。
鳥居を見上げています。
正面向こう側が視界に入っていることで、チョットだけ〝秋らしさ〟を感じることができます。
提灯が並べられていました。
祭事がおこなわれていた様です。
手水所・池・東屋がある手前の様子です。
そうそう、こんな具合を求めていたのですよ。
〝神の使い〟が自由に振る舞っていました。参拝客に可愛がられていますからね。
社殿横の「神杉」。
最近、写真整理をしていると偶々でしょうが「ドラゴン」に見えてしまう木々を見かけます。時間帯・天候・立ち位置、そして見るひとの感性で変わるのでしょうが、この「神杉」、「ドラゴン」に見えます?
この日は「鎮魂祭」ということで、参拝客がとても多うございました。
そのため、余り建造物の写真を撮っていません。
取り敢えずは楼門・二階部分に目線を合わせて撮影しておきました。
階段を降りて、人の流れが途切れた瞬間をとらえましたよ。
楼門を右手側から撮りました。
そのまま奥の方に進み、
鬼瓦のところまできました。
更にそのまま奥に進むと
「イチイガシの巨樹」が立っています。
樹齢はおおよそ300年と伝わっているとのこと。
殆どの参拝客は、こちら側までは進みませんからね。
「イチイガシの巨樹」を通り過ぎて突き当たりは、この様になっています。
道は左へと曲がっています。
古来からの原生林ですからね、ちょいと気味悪さがあります。
左側、ここで塀が終わっています。
見た感じは常緑樹なのですが、地面には黄色い葉っぱが落ちています。
この画像を撮っていた時も、黄色い葉っぱがヒラヒラと舞い落ちておりました。
「薄気味悪さ」が強い場所でしたが、ちょっとだけ進みました。
「薄気味悪さ」が強くなったということはありませんが、これ以上は進むのを控えました。
右手側を見ると、
「禁足地」へと繋がる道が。
今から十数年前頃は進めたらしいですよ。
この先には石上神宮末社・祓戸神社があるといいます。
いろいろと神寳が発掘されたエリアですよ。
当然、ここから進もうなぞという気はありません。興味本位は危ないですよ。
感じていた「薄気味悪さ」は、何人も寄せ付けないパワーなのだと思いました。
茂みを見上げています。
〝秋らしさ〟が、あまり見受けられませんな。
寧ろ、枝の伸び具合が不思議なのが気になります。
〝不思議〟としましたが、正直「不気味」な具合なのですよ。
山城国の鞍馬山~貴船までの山中ほどではありませんがね。
同行者は社殿にはいっていきましたからね。
この奥の方へは単独行動です。
このエリアには人を連れては行けませんよ。
「イチイガシの巨樹」まで戻ってきました。
〝重苦しい雰囲気〟が、ここまで来ると感じなくなります。
「安心」できる感じ。
全く人影はありませんけれどね、「現世に帰って来た」感じです。
「イチイガシの巨樹」から「禁足地」入口まで、距離的にたいしたこと無いのですよ。
凄く長い道程を、そこそこ時間をかけて往復してきた様な印象です。
感受性の強い方は、「イチイガシの巨樹」で引き返すのがよろしいかと存じます。
同行者たちは、この門の内側に居るハズ。いつもそうなので。
門を潜り、
木組みの様子を見上げてみました。
鎌倉時代後期、1318(正保2)年に建立された重要文化財「楼門」ですよ。
丹塗りがなされていないので、往時の姿が想像できますな。
案外、板と板の間が開いているのですね。
機会があれば、石上神宮の建造物について調べてみましょうかね。
目線を下ろすと、こんな状態を目の当たりにします。
門内からの様子です。
右側が重要文化財「楼門」、彩色鮮やかな塀はおそらく何にも指定されていないハズ。
貴重な文化財であれば、修理・彩色をするにはとても手間がかかりますのでね。違っていたら申し訳ない。
でも、塀の屋根には檜皮葺きが施されています。
楼門と塀の境界に注目しています。
平安時代になってから建てられた木造建築物は、そろそろ虫喰いが深刻な状態になっています(探訪エンターテイメントで訪れた所を中心に)。
丹塗りは虫害・腐敗の防止になりますからね。でも、この楼門は塗り替えない方がよろしいのです。
程良きところで、修繕するのがよろしいと存じますよ。
連子窓、とても丁寧に綺麗に造られています。
現実的には採光や換気の効果があるのですが、見た目で美しさと雅を楽しむことができます。
この様に、部分的な注目で石上神宮を楽しむのも一興ですな。
「鎮魂祭」のため、境内にはテントが設営され、出席者の方々でしょうか?多くの人びとが着席されておりましたよ。
売店(授与所)で朱印をいただきました。
いつもの〝若い男〟が居ませんでした。
だって、上役の神職様たちと共に下の東屋前に立っていましたもの。
顔を覚えている訳ではありませんが、〝見て判る〟ようになりました。
河越御所は〝彼〟のことを詐欺ヤロウと同様に嫌っています(笑)。
今回は巫女さんに朱印を書いてもらいました。
〝彼〟と比較するというのは申し訳ないのですが、巫女さんの方が字が丁寧でした。
〝上手い〟かと問われると、未だ未だなのですがね。頑張って精進してください。
今回は楼門から退去しました。
振り返りざまにパシャリと撮っておきました。
楼門前の階段横に立っている「神杉」。
特に表示がある訳でもありませんが、この敷地に立っている大物は皆「神杉」と判断してよろしいでしょう。
ただ、樹木そのものが傷んでいるのでしょうか?金具・針金が巻かれています。
健康な状態で立っていてもらいたいものです。
手前には苔生す石灯籠が立てられており、大和国らしく鹿の姿が浮き彫りされています。
こうした小さいところの心遣いって、嬉しいですよね。
参道での帰り道、
〝秋になりかけている〟様子が目に留まりました。
今年(2022年)の夏が異常でしたからね。秋へと影響を及ぼしたのでしょう。
また仕事の都合がつけば〝大和国の秋の姿〟を愛でに来たいと考えています。
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