現在、「イSム」様においてポイントで交換できる「イSム 帝釈天~Premium~」のプロトタイプ(先行型)とも言うべき、「仏像ワールド 帝釈天(非売品)」を紹介致します。
株式会社MORITA様から発売されていた「M-ARTS 四天王」を安価で入手することができ、そこから株式会社MORITA様のブランド「M-ARTS」「仏像ワールド」で製作されている仏像フィギュアに関心を持つようになりました。当時は四天王、阿修羅、金剛力士(阿・吽)、吉祥天、菩薩半跏(モデルは中宮寺半跏思惟像)、弥勒菩薩(モデルは広隆寺半跏思惟像)、毘沙門天、如意輪観音が発売されていました。それほど仏像に詳しくありませんでしたが「阿修羅像は欲しいな」という考えでしたので、WEB上でいろいろと情報にあたっていました。すると偶々〝「M-ARTS 四天王」購入で帝釈天(非売品)がもらえる〟キャンペーンのページに辿り着きました。そのページ上に掲載されている帝釈天像の姿が、あまりにも京都・東寺の帝釈天騎象像のバランスに似せて造られていたことに感激し、そのページから遡って株式会社MORITA様のHPに到達しました。
この時は販売されていた仏像フギュアの存在は知っていたものの、販売元が株式会社MORITA様であること、そして本社(当時)が東松山(現ロジスティックセンター)にあることを初めて知り、訪問可能圏内であることも確認しました。それから間もなく株式会社MORITA様に電話連絡を入れ「既に四天王は持っているので、他の仏像購入で帝釈天はもらえるのでしょうか?」と問い合わせたところ快諾していただきました。訪問日時を連絡し、いよいよ現地に向かいました。
その頃は、現ロジスティックセンターにショー・ルームがあり、仏像フィギュアは勿論、寺院向けの各種仏像も〝売るほど〟に陳列されていて、まるで〝仏像博物館〟の様な素敵な空間でした。帝釈天を頂戴するためにM-ARTS四天王の価格を超えなければなりません。並んでいる仏像フィギュアを見せていただき、まぁまぁ悩み2体を購入することに決めました。
・〝眼ぢから強め〟だったことから毘沙門天(現Standard)
・〝本物と同じに見えた〟ために如意輪観音(現Standard)
いずれの仏像フギュアも、とても丁寧な彩色であったと感動したことを覚えています。
「また、買いに来てもお邪魔になりませんか?」とうかがったところ、現イSム・ブランドマネージャーの松川様からご快諾いただき、その後もしばしば訪問させていただくことになったのです。
この日は毘沙門天・如意輪観音(四天王よりも高くついてしまいました)、そして帝釈天を連れ帰りました。帝釈天目当てでしたが、一緒に連れてきた2体も素敵な像でしたので、それ以降、株式会社MORITA様が発売される製品にハマっていくことになりました。
さて、プロトタイプ帝釈天を回して、その造形を観ていきましょう。
通常、立体曼荼羅を構成する帝釈天は講堂内西端(正面向かって左端)に位置していますので、正面から像の右側を拝観することができます。こうして縮小版とはいえ、現物データに基づいて製作された仏像フィギュアはどの様な角度からも姿を楽しむことができます。驚くほどに本物とシルエット・バランスがほぼ同じです。2019(平成31)年3月26日~2019(令和元)年6月2日の間、上野・東京国立博物館平成館で開催された特別展「国宝 東寺‐空海と仏像曼荼羅」において東寺の帝釈天騎象像はほぼ360度いずれの方向からも拝観・撮影が可能でした。混雑していたので数枚しか撮影できませんでしたが、WEB上ではこの時に撮影された方々がいろいろな角度からの帝釈天を画像アップされています。こちらの展開画像と比較してご参照ください。
本物と、現在の「イSム 帝釈天~Premium~」は顔を中心に彩色が施されていますが、このプロトタイプ帝釈天は〝ほぼ黒っぽい姿〟としての彩色がなされています。
当家では普段、左右にPremium版を従えているので、黒っぽいプロトタイプ帝釈天が逆に際立っています。
平安京内に設置された東寺・西寺のうち、着工されたものの完成を待たずに嵯峨天皇から空海へと下賜されたと推定されています。平安京の正門・羅城門や東寺と対で建設されていた公的な西寺が現存しないことを踏まえれば、空海に東寺が任されたことは結果として歴史的にも嵯峨天皇の善き判断だったと謂えましょう。それでも東寺伽藍の建設は思うように進まなかったものの、空海の真言宗根本道場として、空海なりに密教寺院としての伽藍配置建設が進められた様です。その様な状況の下、国宝「帝釈天騎象像」は、839(承和)年に完成したと伝わっています。
東寺講堂の立体曼荼羅において、帝釈天騎象像は西端に位置していますが、講堂創建当初は東端に安置されていて、後世に梵天像と位置が入れ替えられたのだそうです。
確かに、半跏で下ろしている左足(「踏み下げ」と表されます)は西端よりも東端にあった方が自然です。
〝冠を被っている〟と説明されることがありますが、頭髪自体は複雑な巻き方をした「垂髻」(すいけい)という結び方をしています。本物は垂髻の前面中央部とティアラ風の飾りに金色の彩色が残っています。プロトタイプ帝釈天では、ティアラ風装飾にあまり主張することがない控えめな彩色を施しています。全体が〝ほぼ黒っぽい姿〟ではありますが、慎重に観察すると、各部位ごとに彩色が異なっていることが判ります。一見黒っぽく(灰色っぽく)見えても、実際には異なる黒っぽい(灰色っぽい)彩色を重ねて、この風合いを出しているのだそうです。
額には控えめに〝第三の眼〟が彫眼(ちょうがん)で再現されています。
この〝イケメン〟と称される帝釈天の頭部(顔)は講堂創建・造像時のものではなく、後世に補修されたものといいます(何時の補修かは不明です)。
『東宝記』(とうぼうき)によれば1197(建久8)年から運慶一門が東寺講堂の諸像修理にあたったとあります。帝釈天に関する記載の写真版を閲覧したのですが、幾つかの文字が判読できなかったので引用は諦めました。
運慶は1197(建久8)年に東寺大仏師職に補任され、東寺の阿闍梨たちの意向に基づいた諸像修理に携わったと考えられています。この時に修理対象となった像が何であって、どのような修理がなされたのかは不明です。
『瀧山寺縁起』によれば1201(正治3)年、運慶・湛慶が愛知県岡崎市・瀧山寺(たきさんじ:滝山寺とも)の聖観音・梵天・帝釈天を造像したといいます。いずれも近世の数度にわたる彩色補修、さらに明治期の彩色厚塗りによって運慶・湛慶の作品とは観られていませんでしたが、『瀧山寺縁起』翻刻をうけて1979(昭和54)年の調査により1201(正治3)年に開眼供養された運慶・湛慶の作品と認められました。この1201(正治3)年に完成という帝釈天立像は、立像・半跏像の相違はあれど、東寺講堂・帝釈天騎象像と造形が極めて似ており、東寺大仏師職・運慶の東寺諸像修理経験の影響と推測されています。
後頭部と背面・肩周辺の画像です。頭髪が襟足からたくし上げられている描写は本物と〝ほぼそっくり〟の造形となっています。
上半身の装備はアーリア人の戦士をイメージし、胸元と鳩尾に飾り留め具を付けた西域風の鎧を装備した姿になっています。
鎧の上には襷状に身体へ巻き付けた条帛(じょうはく)が表現されています。
この条帛や腰布を纏っていることにより、甲冑着用による武骨さが薄められ、洒落た雰囲気を醸し出しています。
左手は腰に当て、右手には独鈷杵(どっこしょ)を持っています。
この独鈷杵は「ヴァジュラ」と呼ばれ、人びとを苦しめていた阿修羅の守護龍神「ヴィリトラ」を真っ二つに断ち斬った武器だといいます。
象の背に「半跏」(はんか)で乗っており、左足を下におろす「踏み下げ」の造形です。
親指の反り上げは、静止している姿の中にも〝動き〟を表現するための工夫と考えられています。
また跨がっている姿であるよりも、この半跏の状態でいることで何時でも象の背から降りることができるという〝次の動き〟を含ませている造形なのではないでしょうか。
独鈷杵を右手に持ち、右足を半跏で象の背中に乗せている体勢であれば、直ぐに降りることは可能になります。
帝釈天を背に乗せている白象「アイラーヴァタ(アイラーヴァナ)」です。
インド神話においては4本の牙と7本の鼻を持つ巨大な象とされていますが、東寺講堂の帝釈天を乗せているアイラーヴァタは2本の牙と1本の鼻という、普通の象の姿をしています。台座は本物と同じ形態になっています。
耳は輪っか状(もしくは布状?)の物に小さく畳まれています。実際であれば窮屈極まりないのでしょうが、造形としては整っています。
顔の中央と左右の目の下に鈴の飾りを装着しています。よく観察するとお洒落をしています。
インドの伝承では象は雲を発生させる力を有しており、アイラーヴァタは鼻で吸い上げた水を空へ放射することで、阿修羅の守護龍神「ヴィリトラ」を倒した話と相俟って帝釈天(インドラ)は恵みの雨をもたらす天候の神として信仰されています。
アイラーヴァタを左→正面→右と回してみました。
どの角度から観ても、全体のバランスが整っていますね。
最低3枚は重ねられているであろう「鞍敷」(くらしき)に施されている文様も、しっかりと忠実に再現されています。彩色は全体の色彩バランスを考慮してか、控えめの黄色・赤色を差す程度に留めています。こうした絶妙のデフォルメが、他の仏像フィギュアの追随を許さない卓越した技法だと感服致します。
アイラーヴァタを後ろから観た画像です。
太過ぎない程好い、長めの尻尾です。皺の入れ方で象の皮膚の質感がリアルに伝わってきます。
もし帝釈天と闘って屈してしまった場合、恐らくこうした目線で、冷ややかな表情をした帝釈天を乗せたアイラーヴァタが〝ズシンズシン〟と迫ってくるのを見ることになります。
アイラーヴァタ(+帝釈天)が全体重を乗せて踏み付けられる直前って、こんな感じなのでしょう。
アイラーヴァタに〝踏み躙られた〟あと、「まだ命があった、助かった・・・」と思っていると、
トドメのボディ・プレスをされる直前の視界はこんな感じでしょう。
・・・・・・・阿修羅に身になって想像してみました。
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