活動の覚書(ブログ)

河越御所およびエンターテイメント研究所の活動覚書です。

探究三分野の更新記録はもちろん、その他関連することがらや雑多なものごとに関する情報を気ままに書き記していきます。

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活動の覚書(ブログ)一覧

ヤマト政権の大王墳墓、満喫してきましたよ。

継体天皇の墳墓「今城塚古墳」を訪れてきました。隣接する古代歴史館でボランティアのおじちゃんから丁寧な展示の説明を受けていた時、継体天皇が厩戸皇子(聖徳太子)の曾祖父だということを教えていただきました。厩戸皇子(聖徳太子)は、父方・母方でみても継体天皇の曾孫になります。こうした関係を知ると、継体天皇にも親近感を持ってしまいます。大和国法隆寺は毎年1度は参詣していますので、毎年は難しくても2~3年に1度くらいは今城塚古墳を訪れようと存じますよ。今城塚古墳は織田軍に削られ、大地震でガタガタになっていますが、こうして現在も古墳としての姿を維持していることに驚きを感じざるを得ず、また維持に貢献した方々への敬意を表しまする。

2026年10月08日

源頼信・源義家の墓参りは迂回路を推奨しますが、この渡り橋にあがるところが難所です。

羽曳野市からの【重要なお知らせ】2026年09月04日付で、源頼信・源義家の墓へのぼる見学路が倒木で通行不能になっていることが発信されました。「河越御所」による墓参りは2026(令和8)年8月上旬のことでした。迂回路の奨励が役に立つとは・・・。因みに羽曳野市の通知ですと「通行不能箇所」PDFファイルが閲覧できます。こちらでは、渡り橋の向こう側から坂をのぼってくる道を奨励しています。未だ通行止めの解除がなされていない様ですね。2通りの道、どちらを採択するにせよ、渡り橋の横っちょからあがることは避けることができません。健康な方々であれば難なくあがることができます。足腰に不安をお持ちの方にとっては難所となりますから、同行者の方の協力を以て墓参りを楽しんでくださいまし。

2026年09月29日

急遽、摂津国満願寺を参詣したら、馴染みの無い源氏の方々が大勢おりましたよ。

摂津国多田神社に参拝したあと、源氏関連の社寺を羂索して摂津国「満願寺」を参詣することにしました。多田神社から3-分かからない程だと聞いたのですが、カーナビの誘導通りに進んだのに一時間弱も要してしまいました。満願寺へ参詣する方々は案外多く、境内の彼方此方に人影がありましたよ。「三廟」「源氏の七塔」と、これまで馴染みの無かった源頼光系統の方々との対面を果たしました。って言っても、見えないんですけれどね(笑)。いわゆる「坂田金時」の墓が、とても良かったんですよ。「金太郎」のイメージが全くせず、大柄で隙の無い〝古の武者〟(いにしえのもののふ)でしたよ。見えていませにんよ、感じ取ったのです。時間にして2~3分くらいだと思いますが、充分に深い語らいができました。正直、何を言っているのか解らなかったんですけれどね。帰る旨を伝え、「また参詣しますね」って挨拶したら微笑んでくれましたよ。見えていないのですがね(笑)、帰り道、風鈴が吊り下がっている所に来たら、風鈴たちが一斉に涼しげな音色を奏でてくれました。見えない/話せないってことで、風鈴の音を使われたみたいですよ♪

2026年09月27日

摂津国多田神社(源満仲&源頼光)、だんだん馴染んできましたよ。

2026(令和8)年8月、摂津国多田神社に参拝してきました。兵庫県川西市ですからね、遠かったですよ。しかも、神社にとっては〝大変な時〟にお邪魔してきました。参拝に来た人は・・・居ませんでした。ほぼ貸し切り状態でしたよ。でも源満仲・源頼光墓所や「酒呑童子首洗い池」は〝正月三箇日限定〟公開ということで、拝殿前から雰囲気を感じとるだけでした。帰り際、神木に触れて「また、参拝しますね」って声に出したら、神木が「この者は我々の話を聞くことができないんだろ?」って周りに話し掛け、その発言を受けて吊り下げられていた幾つもの風鈴が急に鳴り始めました。鈍感な「河越御所」への気遣いだった様です。ねっ、多田神社とも〝いい感じ〟になってきているのですよ(笑)。

2026年09月25日

極小仏「武田不動尊」、胸元に金色が注された一帯を連れ帰って来ました。

「河越御所」では2026(令和8)年7月末より、noteにおいて「河越御所」note離宮を始動しました。note離宮の仏像エンターテイメントで、既に極小仏「武田不動尊」の購入オーディションの様子は記事として公開しております。今回は、「河越御所」に連れ帰った一帯を集中的に観察しました。購入オーディションでも触れましたが、6体のうち、この一帯だけ胸元に金色が注されていました。武田晴信(信玄)の「毛」を焼いて漆・顔料と混ぜて塗り込んだという伝承をイメージしたものです。ところが他の5体を目視したところ、金の差し色は確認できませんでした。検品に携わったスタッフ様も驚いておいででした。特別な巡り合わせで引き寄せちゃったかもしれませんね(笑)。

2026年09月21日
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