河内国壺井八幡宮/壺井権現社(大阪府)

記事を纏めようと思いながら、時間が経過していましたよ。
2023(令和5)年夏のことでした。
河内源氏ゆかりの地を巡ってきました。
先ずは、源頼信の居住地に建てられたと伝わる壺井八幡宮ですよ。

鳥居の横っちょにあるる小さめの駐車場に車を停め、石燈籠がある場所まで参道を下り、振り返って撮影しました。

 

雲はありますが、暑さが厳しい晴天でした。
遊びに行く時は天照大神の後押しによって、行動し易い様にしてもらっていますからね。
河内源氏の本拠の前に立っているのです。
感動と何故か戦闘力の昂揚が抑えられませんの。

 

鳥居の裏浦にまわると、源義家33世のご子孫「壺井慶一」様によって建てられたものであることが刻まれています。
ご子孫・関係者の皆様のご尽力により、歴史は紡がれているのですね。
こういうのを目にすると、嬉しさが込み上げてきますよ。様

 

石段手前に、史跡「壺井水」があります。
1057(天喜5)年、前九年合戦も7年目ということで陸奥国に出征していた源氏軍は苦戦を強いられていたところ、大干魃に直面してしまったそうです。
陸奥守・鎮守府将軍であった源頼義は調略によって安倍頼時を戦死させたのですが、後継の安倍貞任が頑強な抵抗を見せていたあたりのことです。
源頼義は岩盤を掘って清水を湧き出さすことができ、その清水を以て兵卒の士気を高揚させたのだといいます。
1062(康平5)年、安倍氏の反乱を平定した源頼義は凱旋するにあたり、の清水を壺に入れて持ち帰ったそうです。
その壺を底に埋めた井戸こそが、この「壺井水」なのだといいます。

 

その様な謂われがあるのなら、除いてみようか・・・

・・・って。埋められているやないかいっ!
まぁ、安全面を考慮すれば、こうなりますわな。

 

車を停めてから20~30分程、こうして遊んでいました。
さぁ、境内に進んでいきます。

まぁまぁ急勾配の石段を上っていくと壺井八幡宮です。
足腰に不安のある方々は、石段左側に迂回することになりますが緩い坂道があります。
その先にも駐車場がありますよ。

 

・・・んっ?

山王商事株式会社の「三王紀将」様って、源義家28世孫なのですね。
源義家は弟との対立、子の世代の分裂により晩年は苦悩の中で没しています。
でも、斯様に系譜を継がれたご子孫たちに愛され、護られていることを知ったら嬉しいでしょうな。

 

では石段を上っていきましょう。

それ程、長い石段ではありませんでしたがね。
酷暑の中でしたので、息切れ状態になってしまいましたよ。

 

あと、もうちチョイ。

 

石段を上りきって振り返って見ると、こんな感じ。
暑いと、これくらいの階段でも体力を消耗してしまいます。
しっかりと水分補給をしましょうね。

 

真っ直ぐ先に見える茶色い檜皮葺の屋根、壺井八幡宮です。
この立ち位置から左手に斜めの道がありますが、その先には壺井権現社があります。

 

壺井権現社の手前、授与所の手前にもなりますが、そこには手水所があります。

 

山城国六孫王神社と同様に龍(ドラゴン)が御座します。

体勢は異なっていますが、龍(ドラゴン)が配されていることは嬉しいです。
酷暑でしたからね、手水所で水をざぶんざぶんと腕にかけ涼みました。

 

授与所には担当の方が不在でしたので、先ずは壺井権現社に向かいました。

こぢんまりとした社に御座います。

 

手水所の側から、壺井権現社の拝殿を望んでいます。

植木が整然と手入れされていました。
とても個々遂良さを感じる空間でしたよ。

 

壺井権現社の拝殿、正面に立っています。

 

壺井権現社の狛犬は河内源氏の宗廟らしく、逞しいお姿でした。

 

拝殿に近付きます。

小さいですがね、金色で

 正一位
 壺井権現
     」
の額が掲げられています。

 

拝殿の後方に壺井権現社があり、その間には細い参道が設けられています。

「壺井宮廟」の額がかけられています。

 

幕には徳川の三つ葉葵が据えられています、
壺井権現社の本殿が鎮座しており、源頼信・源頼義・源義家・源義綱・源義光が祭神として祀られています。
1109(天仁2)年、源義時(義家6男)によって創建されて、
 山城国六孫王神社
 摂津国多田神社
 河内国壺井神社
と〝源氏三神社〟のひとつに数えられています。
現在の本殿は拝殿と同様、1701(元禄14)年に徳川綱吉の命を受けた柳沢吉保が再建したそうで、1995(平成7)年に復元修理されたのだといいます。

 

同行者が社務所に声掛けし、授与所に担当の方がお越し下さいました。
朱印をお願いしました。
朱印は同じものですが、墨書は2種類
 「河内源氏発祥之地」
 「河内源氏宗廟」
ありましたので、両方をお願いしました。

待っている間、壺井八幡宮に向かいます。

左手には休憩所でしょうか?
蟹テントが設営されていました。

 

残念ぁ柄中に入ることはできません。

規模はそんなに大きくないので、

八幡宮の回りを巡ることができます。
築地塀の屋根には

 

徳川の三つ葉葵が刻まれていました。
こうして観ると、桂昌院・徳川綱吉による全国の社寺増改築事業は大規模かつ入念に実施されたことを実感します。

 

初めての参拝でしたので、見落としている事柄も多うございました。
因みに、近日中に訪れる予定ですのでね。
しっかりと、確認してこようと存じておりますの。

最後に、境内の彼方此方には

 

源氏当主の誰の子孫か、ということが刻まれた石柱が建っておりました。
壺井八幡宮/壺井権現社が如何に大切にされているのかが伝わってきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当サイト内のすべてのコンテンツについて、その全部または一部を許可なく複製・転載・商業利用することを禁じます。
All contents copyright (C)2020-2025 KAWAGOE Imperial Palace Entertainment Institute / allrights reserved