偶々入手できた木造「日光菩薩・月光菩薩」を観ていたら、「ポリストーンは、どうだろうか?」ということになりまして、ポリストーン製の「日光菩薩・月光菩薩」を並べてみました。
サイズはかなり小さいです。
台座の裏側には「リアル仏像」時代の白文字が印刷されていましたよ。
かなり古いインテリア仏像でした。
リアル仏像版「日光菩薩・月光菩薩」がこちらです。
左が月光菩薩、右が日光菩薩です。
木造でも確認できましたが、ポリストーン製も双子の様に似ていますがね、完全なる左右対称ではありません。
「日光菩薩」を観察していきます。
右手をあげた「施無畏委与願印」を結んでいます。
本物は金銅製ですからね、飛鳥仏の堅さは脱していますが木造と比較すると両足が真っ直ぐです。
360度、まわしました。
初版は〝光背の無い〟仕様でした。
本物は、横からや後ろ姿を見ることができませんからね。
まわして造形の状態を楽しむことは、インテリア仏像を迎えることで実現しますからね。
有り難いことです。
日光菩薩の頭には、真ん中・左右に装飾を立てた「宝冠」が乗せられています。
造像当初は、宝石が嵌め込まれていた様です。
1494(明応3)年の地震で建造物が破損し、1528(享禄元)年の柳本賢治軍・筒井順興軍による戦闘で金堂が炎上しました。
この時に、像が受けた衝撃等で宝石は失われてしまったのでしょう。
ちょいと上から観ています。
「宝髻」(ほうけい)という頭髪の結い方をしています。
本物を実際に、もしくは写真で見ると〝ほぼ真っ黒〟ですよね。
この像を迎えに行った時、現イSム・ブランドマネージャー様が
「全くの黒ではないのですよ。・・・」
と、教えてくださいました。
その時は「ほ~っ、凄いですねっ。」って驚いていたのです。
でもこうして見返して考えると、薬師寺「日光菩薩・月光菩薩」が経験してきた苦難、特に1528(享禄元)年の金堂炎上によって受けた熱の影響が彩色で表現されていることが判ります。
緑青が注されているのは経年による変色を表していますし、茶色っぽい彩色では熱を受けての変色が表現されています。
〝彩色で歴史を騙る〟という離れ業が、この小さな菩薩に注ぎ込まれているのです。
後頭部に注目しています。
この緑色の彩色は、深い意味があるのだそうです。
造像当時は、鍍金が施されていたそうです。
1528年の享禄の兵火により鍍金と銅が交じり、そこに煤(すす)が付着したりで、現在の漆黒状態になったといいます。
更に、ご覧いただいている頭髪の細かい溝や着衣の襞(ひだ)といった凹んでいる箇所では、酸化と水分の付着により緑青(りょくしょう)、つまり錆(錆)が生じたのだそうです。
因みに、この錆(さび)は銅を腐食させるものではなく、保護膜として機能するものだそうですよ。
「宝髻」(ほうけい)の最上部が茶色っぽいのが、金堂が焼失する時に発せられた熱による変色を表していて、緑青が享禄の兵火後の経年による変色(+保護膜としての錆の発生)を表しているのです。
何気無しに撮影した画像でしたが、ちょいと調べてみると悠久の時の移ろいが凝縮した様子を捉えていました。
本物ぢゃないんですよ。
本物を強烈に意識した、インテリア仏像(仏像フィギュア)なのです。
造形のみならず、彩色で像が辿ってきた歴史を物語っているのです。
安直なコピー品ではありませんよ。
類い希なる敬意を以て生み出された「仏像」なのです。
「こんなオモチャをつくりやがって・・・」
と、寺院関係者や熱烈な信者の方々は言うでしょう(思うでしょう)。
食玩は除きますよ。
インテリア仏像と、じっくりと向き合ってください。
〝信仰する心で商売をしている〟というものではない、ということを感じることができますよ。
まぁ、「河越御所」は強要しませんけれどね。
固定観念から解放されることにより、〝観えてくるもの〟が増えていきますよ(笑)。
リアル仏像版「日光菩薩」のお顔、正面から観ています。
漆黒と云われますが、茶色っぽさを感じる黒ですね。
凹凸の凹んだ箇所には緑青の注し色が程好く施されています。
濃過ぎず、それでいて自然の錆が生じた様子になっていますよね。
ブランド・マネージャー様が「黒一色ではないのですよ・・・」というお言葉の真意、長い時間が経過してしまいました、こうして理解することができました。
彩色技術って、素晴らしいですよね(笑)。
日光菩薩の頭部、左・右から観ています。
左・右それぞれに立っている装飾、本物は透かし彫りが施されているそうです。
リアル仏像版「日光菩薩」の飾りに透かし彫りが施されていません。
かつては宝石が嵌め込まれていたということです。
鍍金されて、宝石が幾つも嵌め込まれていたのであれば、さぞや煌びやかだったことでしょうね。
耳旅は長く垂れ、孔(あな)が開いています。
これは耳朶環状(じだかんじょう)といい、貴族が装飾品を身につけていた時の名残を表現しているのだそうですよ。
左・右の腕には「腕釧」(わんせん)が装着されています。
「宝冠」の意匠と共通していますね。
ここにも宝石が嵌め込まれていたことでしょう。
胸元を観ています。
胸元に「瓔珞」(ようらく)を装着していますね。
ここにも宝石が数多嵌め込まれていたと考えられています。
右手では「施無畏印」(せむいいん)を結んでいます。
左胸のところで「佩飾」(はいしょく:瓔珞の一部)が途切れています。
右肩からも「佩飾」(はいしょく)が垂れており、右胸・右腕の間で途切れています。
右腰から下腹部のところ(臍の左横)まで繋がっていますが、これは左肩・背中から伸びているものです。
火災の熱に当てられ、茶色に変色した様子がダイナミックに表現されていますね。
右肩から垂れた「佩飾」が、右腰から下腹部・左腰に繋がる「佩飾」とは別のものであることが判りますね。
左胸で途切れる「佩飾」ですが、左腰の「天衣」に引っ掛かっていますね。
火災の熱で「佩飾」の鎖が寸断し、おの様に引っ掛かりながら垂れているのでしょう。
下腹部前の「佩飾」と、左腰で「天衣」に引っ掛かっている「「佩飾」」が別物(繋がっていない)であることが判りますね。
恐らく本物が、この様になっている状態を忠実に再現しているのだと推測します。
左手では「与願印」を結んでいます。
目線を下ろしますと
右腰から右膝下あたりまで垂れている「佩飾」が見えます。
右肩から右胸・右腕の間で途切れた「佩飾」と繋がっていた「佩飾」でしょうね。
火災の熱で切れてしまったのでしょう。
もしかすると熱で、この状態で「裳」のところにくっついてしまったのかもしれませんね。
「裳」の様子を前方から観ています。
右も、日明も「佩飾」が切れていることが判りました。
本物や写真では、こうした現状を知ることは無かったでしょう。
前の更新(木造・日光菩薩・月光菩薩の記事)と、今回のリアル仏像版「日光菩薩」を比較して学ぶコトができました。
「株式会社MORITA」様のリアル仏像は、素晴らしい教材ですよ。
足元と台座の様子です。
木造「日光菩薩・月光菩薩」は日光菩薩が左足を、月光菩薩が右足を外側に曲げていて、2体を並べると横向きへの広がりが表現されていました。
リアル仏像版「日光菩薩」の足は、僅かですが左膝が曲がっている様に表現されています。
本物は、もっと強調されていますがね。
日光菩薩の後ろ姿を観ています。
身体を捻っているのが、よく判ります。
この緩やかに身体を捻っている状態を「三曲法」(さんきょくほう)呼ぶそうです。
この表現で、白鳳期の清新かつ柔らかい印象を持つ造像が可能になりましたね。
飛鳥仏には見られない表現・特徴です。
黒いところ、茶色いところがあります。
火災による熱の当たったことを彩色で表現しています。
後ろ姿、上半身を観ています。
首のところ、胸元の「瓔珞」に繋がっている金具の表現です。
左肩から右腰に「佩飾」が伸びています。
この「佩飾」の流れを追跡してみたところ、
おやっ?
臍の下に見えていた「佩飾」に繋がっていないのです。
そのまま膝下まで伸びていますよ。
どうも「佩飾」は複数本存在していた様ですね。
火災によって途切れた「佩飾」の姿を調べることで、造像時の日光菩薩の姿を偲ぶことができますね。
次は、リアル仏像版「月光菩薩」のお話になりますよ。
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