大和国遠征で久し振りに室生寺に参詣してきました。
車はね、室生龍穴神社の駐車場に置いて、徒歩で向かいましたよ。
「橋を渡る前に昼ご飯を・・・」と考えていたら、こんな状態でした。
ゆっくち昼ご飯なんて、何時もはありませんのでね。
致し方ありませんので、誘導に従って周り込みます。
通常ですと、関係者の通路となっている細い橋を渡ることになっていました。
晴天で、暑かったですからね。
皮の水も少なめでした。
太鼓橋の反対側です。
何時、修理が終わるのかわかりませんが、1~2年くらいはこの状態でしょう。
工事中の状態はレアなので、是非ご覧くださいな。
元は3本並んでいて「三宝杉」(さんぽうすぎ)と呼ばれていましたが、
2022(令和4)年6月18日の早朝、午前4時頃に自然倒木してしまったそうです。
以前の参詣記事で「三宝杉」が健在だった時の画像がありますので、そちらをご参照ください。
ここで観光客のご夫婦と擦れ違いました。
入山料を納め、山門前に立ちます。
左側に工事車両が入っておりましてな、見えない様に執りましたよ。
室生寺山門の金剛力士象です。
なかカなか、大っきいんですよ。
赤いのが阿形、葵のが吽形です。
山門を潜り抜けると、正面②手水所があります。
龍(ドラゴン)が待ち構えております。
水はチョロチョロと流れています。
水の量は調整できるみたいですよ。
葉月(8月)の初旬にございます。
鎧坂の様子は、このような感じでした。
何時か、雪景色の様子を観たいものです。
ありましたが、石段を上がりきった頃にはいなくなっていました。
酷暑でしたからね、人影は無いに等しい状態でしたよ。
金銅の前です。
屋根は葺き替えの準備が済んでいました。
何時から工事が始まるのかは不明らしいということですが、杮葺(こけらぶき)での葺き直しがなされるそうですよ。
金銅の正面から見上げています。
以前は⑪面観音像なdが勢揃いしていたのですがね。
現在でも釈迦如来像や十二神将像の半分が安置されています。
しかし、通常時は金堂内部に立ち入ることができなくなっています。
現在、立ち入ることができるのは礼堂(縁側)で
1672(寛文12)年に増築されたものとなります。
徳川家綱の治世で、童子に室生龍穴神社の本殿が改築(春日大社社殿の移築)されたそうですよ。
創建当初の金堂を支えているのは
この石組みとなります。
金堂の下を除くと〝歴史の流れ〟を垣間見ることができますよ。
金堂そのものは、創建時は朱色に塗られていたことが推測できます。
近くに龍(ドラゴン)が封印されていますからね、湿気が多く木材が傷みやすいのです。
立ち止まって冷静に観察すると、朱塗りの建造物であったことが解りますよ。
金堂の横っちょには弥勒堂が建っています。
現在、弥勒菩薩は弥勒堂にはおりません。
堂内は撮影禁止ですので
横側から観察しています。
見上げると、
金堂は異なり、弥勒堂は白木造りであることが解ります。
朱塗りの金堂、白木造りの弥勒堂が並んでいたのですよ。
そうした色合いの違い/調和を創造しながら境内を歩くと、楽しさは倍増しますよ。
あらっ?
本堂(灌頂堂)は工事中か、行けないのか?と思いきや
大丈夫、参詣することができましたよ。
本堂(灌頂堂)前に立っています。
本堂(灌頂堂)でも朱印は頂戴することができます。
本堂(灌頂堂)前から金堂を見ています。
葺き直しが始まれば、暫くの間は金堂の姿を見ることができなくなりますね。
足場は上まで組まれていました。
そうなのです、〝玉ちゃん〟のところに行けないのです。
〝玉ちゃん〟とは桂昌院(本庄玉孤/藤原玉子)のことですよ。
工事中ですと、こうした制限が加わってしまいますが、これも室生寺の建造物を後世へと伝えるために大切な事業にございます。
普段とは異なる景色を楽しみながら、工事が無事に完成することを期待しましょう。
本堂(灌頂堂)の横から上を見ると
小振りな五重塔が建っています。
これもまた、雪景色を観たいものですよ。
この石段を登って五重塔に歩み寄っていくことも、楽しいですよね。
五重塔の前に建っています。
小さい五重塔とは言っても、16m超ですからね。
迫力はありますよ。
小さくて細身の五重塔ですが、角度を変えて観ても威風堂々って感じです。
陳腐な表現ですが、カッコいいんですよね。
それは、この塔の上に
龍(ドラゴン)が封じ込められていますからね。
封じ込められた龍(ドラゴン)は、この酷暑をどのように考えているのでしょうかね?
案内・説明してくれたり、朱印を書いてくれた御坊たちが
「奥之院にいかれますか?」
と問うてこられました。
行きたい気持ちはあるのですが、この酷暑の中で奥之院まで登るのは体力的に厳しいことから、今回は断念することにしました。
夜を徹して大和国に移動し、室生寺に参詣する前に妙吉祥龍穴→室生龍穴神社や龍鎮神社を参拝してきているのです。
この後、大阪の宿へと移動しなければなりません。
五重塔の前にて、室生寺の参詣は終了となりました。
「また来るよ、室生寺」って想いながら撤収です。
最期に、この石塔の前に立ちました。
北畠親房の前ですよ。
「河越御所」は北朝・幕府連合側なので、相反する立ち位置にあります。
これまで何度か立ち会おうとしたのですが、そうした関係性がありますので実現していませんでした。
ハッキリと立ち会ったのは、前回の参詣においてでした。
その時の参詣は、未だ記事化しておりません。
探訪エンターテイメント部門の記事も、公開されることなく埋もれているものが増えてきました。
早い内に処理しませんとね。
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