居合刀改造 ソハヤノツルキウツスナリ

「武装商店」様HPで2008年2/18に紹介された、商品名「ソハヤノツルギウツスナリヲアルテイドウツシテミタツルギナリ」(略して「天正拵ソハヤ」)です。

                                (画像は「武装商店」様HPより)

2007(平成19)年の10/10~12/2までの期間で、東京国立博物館・平成館において開催された特別展「大徳川展」に駿河国久能山東照宮から出張してきて、身動きがとれぬ程の人集りに埋もれて見えなかった、徳川家康の愛刀の写しです。
現場に行きましたが、驚愕の人混みに気分が優れずに〝あとで図録をゆっくり観る〟〝また逢う機会はある〟とチラ見で済ませてしまいました。この時は未だ〝文化財の写しを特注しよう〟という意識が薄かった頃でした。
「武装商店」様は2008(平成20)年の6/26に「商品の入れ替えを目的としたセール」を宣言されました。この時にやっと〝買いたいな〟という気持ちが出て来ました。幸い店頭で在庫を問い合わせたところ、売れずに残っていてくれたので購入しました。今では考えられない程に悠長でした。もし他の方に購入されていたら「逃がした魚は大きい」と大いに後悔していたことでしょう。

 

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一般に「ソハヤ」と省略されて呼ばれますが、本歌の文化財名称は

 「革柄蝋色鞘刀〈無銘(伝三池光世作)/
         裏ニ「妙純傳持ソハヤノツルキ」/表ニ「ウツスナリ」ト刻ス〉」

 (かわづかろいろさやかたな 〈むめい(でんみいけみつよさく)/
   うらに「みょうじゅんでんじそはやのつるき」/おもてに「うつすなり」とこくす〉)

です。

                    (画像は「武装商店」様HPより)

居合刀では省略されがちな「返角」が装着されています。
返角は抜刀の際、鞘も刀身と共に抜け出ないよう帯に引っかける留具です。
装着していると折れて修理が必要になりますので、一般的には最初から付けないことが多いのです。

また此方は特注ではなく、武装商店様企画品ですので制作上のご都合により、
 小柄・笄両櫃                → 制作時間・費用の観点から省略
 刀身は幅広で太い樋・添樋2本の樋入り → 二本樋幅広刀身
 刀身の長さは二尺二寸超         → 二尺五寸
と、本歌ソハヤに雰囲気を似せながらも「完全な写しを作るのが目的ではない」ということで違いがあるものです。

                                (画像は「武装商店」様HPより)

たとえ違いがあっても充分、本歌ソハヤの〝いとこ〟ぐらいの雰囲気は纏っていると感じます。

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柄前の様子です。通常居合刀よりも太い柄で、柔らかい立鼓が利いています。
目貫は龍図、柄下地は親粒の入った黒染鮫皮、柄巻は牛本革(バックスキン)を柄頭に巻き付けている天正拵です。

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振り回したり、手汗をかくほど柄を握り続けることは無いのですが、バックスキンは〝手にしっくりと馴染む〟ので、一度経験するとこの手触りは癖になります。
二本樋幅広刀身を採用したことにより柄も太くなり、その結果、「天正拵ソハヤ」用に大振りの柄頭を水牛角を削り出して新作されたものを装着しています。
天正拵にするのであれば、費用が嵩むのを覚悟で柄頭を大きくした方が良いと思っているので、このデザインはとても気に入っています。それが高じて、天正拵の特注は柄頭大きめの新造をマストにしています。
この「天正拵ソハヤ」は、太めの柄に大振り柄頭の装着というイレギュラーな仕様処理のために柄巻作業は本職の柄巻師に依頼されたそうです。

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返角の装着部分から柄前を見た画像です。
徳川家康好みの黒尽くめ。本物の写真と見比べても〝似て〟います。

この「天正拵ソハヤ」の力が入っているポイントは「鍔」です。

                    (画像は「武装商店」様HPより)

本歌ソハヤは赤銅製の磨き上げた「赤銅磨き地鍔」だそうで、「天正拵ソハヤ」もそれを参考に鍔を新造したとのことです。生産コストの都合上、赤銅製ではなく、銅地の鍔に赤銅鍍金仕上げとされたそうです。高額な赤銅鍍金の結果、独特な青みを帯びた黒光りが美しい鍔となりました。

この鍔、素手で触ると指紋が汚れとして残ってしまうなど〝取り扱いが極めて難儀〟だと武装商店・店主様から御教示いただきました。確かにHPで発表されてから購入するまでの間、店頭で色々とお話をうかがっていた時、武装商店・店主様はこの鍔を磨きクロスで拭き拭きされていたことを記憶しています。でも性格的に小忠実な取り扱い(掃除)は苦手なので、指紋を付けずともどんどん汚れが目立つようになりました。磨きクロスで拭いても落ちない変色が付いてしまったので、再鍍金をお願いしました。

再鍍金他の改造が済んでから、刀袋に入れて刀掛けに寝せていたのですが、触ってもいないのに鍔に汚れが付着?変色が進んでいました。幸いにも磨きクロスで丁寧に拭き拭きしたところ、変色部分を〝青味がかった黒光り〟の状態に復活させることができました。

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この鍔は、今後も定期的に確認をせねばなりません。

 

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鯉口の処理が余りにも丁寧・美しかったので、画像で示します。

 

鍔の再鍍金を依頼した際、鎺に彫刻の改造も一緒にお願いしました。

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徳川家康の愛刀ということで、差し表側には「三葉葵」を入れていただきました。カッコいい。

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〝青味がかった黒光り〟を取り戻した鍔に反射した鎺の表裏です。
鎺の表には徳川「三葉葵」、裏には「ウーン」(降三世明王の梵字)を刻んでいただきました。

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素敵だったので視点を変え、大きめの画像でもご覧いただきます。梵字が入っている画像の鍔は、磨き前の汚れがついている状態のものです。磨いて輝きを取り戻した葵紋の画像の鍔と比較すると、反射した鎺の様子で鍔の輝き具合に大きな相違があるのがお判りいただけるでしょう。

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樋の入り方が本歌とは異なりますが、幅広刀身を用いて身幅の広さは本歌の雰囲気に近づける工夫がなされています。本歌を意識して造られた居合刀ですが、本歌の実物を見たり、図録等でソハヤに関わる情報を学び知ると、徳川家康が愛刀としていつも身近に置いていたことが共感できます(これは想像力の為せる技ですが・・・)。

 

 

5/21紹介の日光助真と、今回の天正拵ソハヤを並べてみました。
サイズこそ既存刀身ですが、外装はいずれも本歌を意識したものになっています。
「極小」徳川展の始まりです。

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上段が日光助真、下段が天正拵ソハヤです。

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抜き身の状態です。この向きだと鎺は共に徳川「三葉葵」です。
上段の樋一本が日光助真、下段の二本樋が天正拵ソハヤです。ソハヤの極太ぶりが目立ちます。

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向きを変えていますが、上段が日光助真、下段が天正拵ソハヤです。
上段の日光助真は「ビー」(四天王の広目天・増長天を表す梵字)を入れています。
下段の天正拵ソハヤは「ウーン」(降三世明王を表す梵字)を入れています。

徳川関連の居合刀を特注したり、販売された物を購入したら「極小」徳川展の規模を拡大していこうと考えています。

 

 

 

 

 

 

 

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