特別企画68 早朝の東大寺で散歩。

なかなかなハード・スケジュールでしたのでね、大和国東大寺を通常参詣することができませんでした。
奈良に宿泊して、東大寺/興福寺に参詣しないなんてよくあることですがね。
駅前から徒歩で30分ぐらいかかってしまいますもん。

朝はゆっくり寝ていたかったのですが、「早朝の東大寺で散歩」という地元の方々が楽しんでいる遊びをしようということになりまして、早起きしました。
実際は何度か挫けそうになったのですがね。
頑張りましたよ(笑)。

冬ですからね、宿を朝5:30に出発しました。
未だ暗がりの中で、閉まっている商店街を経由して東大寺へと向かいました。


鎌倉時代から、この場所に建っている「南大門」の前で立ち止まります。
朝6:00頃の様子ですよ。

「大仏様」(だいぶつよう)と呼ばれる豪快優美な建築様式が採用されています。
別名「天竺様」(てんじくよう)ともいいます。
中国・南宋出身の工人「陳和卿」(ちんなけい)によって建立されました。

 

 

 

日の出前の「南大門」です。
通常だと「あぁ、これが南大門かぁ」って写真を何枚か撮って、通り抜けちゃうのですがね。
10~15分ぐらいの間隔で「南大門」の様子を撮影しました。

連れが日の出を狙っていたのですが、この朝の日の出予定は7:00頃でしたのでね。
「南大門」に近付いたり離れたり、潜っては戻り、金剛力士に挨拶したり・・・と遊んでいました。
空模様や明るくなっていくことで「南大門」の表情が変わっていきましたよ。
なかなか楽しい遊びでした。



門内の金剛力士たちも、鎌倉時代の生まれです。

日の出前なので、阿・吽共にお顔の様子が見え辛い状態でした。
肉眼では、ハッキリとお顔が見えていましたがね。



観光客が〝ほぼ居ない〟状態でしたのでね、

運慶と快慶(安阿弥陀仏:運慶の弟子)が中心となり、小仏師13名を率いて造像された「金剛力士・阿形」です。

 

定覚(康慶の次男、運慶の弟)と湛慶(運慶の嫡男)が中心となり、小仏師12名を率いて造像された「金剛力士・吽形」です。

朝早で冷えていましたし、俗世間の垢に塗れていましたのでね、「金剛力士」たちの厳しい眼差しに怖さを感じてしまいました。
でも、何度も南大門内・金剛力士前を行ったり来たりしているうちに慣れていきました。

流石は昭和になるまで揺らぐこと無く、この場に立って境内へ良からぬ存在を入れないという役割を果たしてきた金剛力士たちです。



南大門だと金剛力士が注目されるのが常ですが、門を支える柱にも注目しました。

礎石の上に乗せられた柱です。
礎石もそれぞれ個性のある形状をしています。
今回は撮影していませんが、今後は意識して撮影するようにしますね。

柱に縦割れが生じていますが、これで強度が弱体することは無いのだそうです。

 

製材されて820年程経過していますのでね、表面はだいぶ草臥れている様に見えますが、雄大な紋をしっかりと支えています。
所々に埋木が確認できますが、長き歴史を体現している柱なのですよ。

 

こちらの柱は斜めにひび割れが生じています。
こうして柱の表面を比較して見ると、それぞれの柱の個性が際立ってきます。
柱の表情、興味深いですよね。



「南大門」を潜り抜け

閉まっていましたが東大寺ミュージアム入口横の、減衰大・大仏の手で遊びます。

 

右手が「施無畏印」(せむいいん)です。
「縵網相」(まんもうそう)も再現されていますね。

 

左手が「与願印」(よがんいん)です。

本物の大仏は、台座上に座っており、両手は結跏趺坐の上ですからね。
触ったり、乗っかったりすることはできませんが、本物の大仏(毘盧遮那仏)を体感するには丁度良きモニュメントです。

暗い時(東大寺閉門~深夜)に、この辺りに立ち入ると警備員が出てきますので、ご注意を。



時間的に入ることはできませんが、金堂(大仏殿)に向かいます。

参道は工事中でした。
初詣には間に合ったのでしょうかね。



だいぶ明るくなってはきましたが、

未だ、日の出には時を要する状態でした。
でも、この時間帯に東大寺境内に居るということが〝遊び〟なのでね(笑)。




「中門」の前に到着です。

紋には初詣用の案内掲示が装備されていました。

 

東大寺「金堂」(大仏殿)は正月三箇日、拝観無料だという説明がなされています。
現実的には「拝観無料だから初詣に行こう」とはなりませんがね、機会があれば初詣をしてみたいものです。


江戸時代再建の「中門」には

向かって左側に「持国天」が、右側に「兜跋毘沙門天」が配置されています。
表情を観ますと
 「持国天」   :口を開けた阿形
 「兜跋毘沙門天」:口を閉じた吽形
となっています。
役割は、南大門の金剛力士像と同様ですね。


時間的に「金堂」(大仏殿)の敷地内に立ち入ることはできませんが

人影の無い「金堂」(大仏殿)のお姿を楽しむことができます。
毘盧遮那仏のお顔、扉が閉じられているので見えませなんだ。

 

スマートフォン搭載のカメラでズームしています。
2殿再建を経ていますが、天平・創建時の「金堂」(大仏殿)は二回り程でかかったそうですよ。
現状でも、近くで見上げるとかなり巨大な建造物なのですがね。



こうして遊んでいると

寺院関係者の方が火を焚き始めました。
挨拶を交わし、「中門」を後にします。



「中門」を出ようとした時、

未だ、日の出前の状態でした。



暫く、雲の流れを愛でていると

何とでも解釈できそうな、不思議な形状でした。



連れが〝日の出〟に個室していたので

再び「南大門」金剛力士像の前に立ちました。
先程よりもかなり明るくなったのですが、画像ではこんな感じです。
肉眼では、お顔の様子がハッキリと見えているのですがね。




「南大門」を振り返り、

〝天照大神の恵み〟を受けた姿を待ちました。
しかし、待機していてもなかなか日の出にはなりませんでした。

 

「宿に戻って朝飯喰おう」ということで、ここで〝早朝・東大寺の散歩〟という遊びはおしまいとなりました。
また何時か、〝早朝・東大寺の散歩〟を実子しますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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