2025(令和7)年末の西国遠征、山城国にも足を伸ばしました。
久し振りに東山・六波羅に行こうっとなりまして、六波羅蜜寺を目指しました。
昼ご飯時としては、ちょいと早めの11:30頃、六波羅蜜寺を通過して曲がり角を上って直ぐの「六波羅飯店」様にお邪魔しました。
以前、この周辺を徘徊した時に「六波羅飯店」様の存在を知り、何時か寄ろうと思って10年くらいが経過してしまいました。
待望の初「六波羅飯店」様でした。
事前に調べてみたところ、どれも美味いということでしたが、その中でも人気の
「カレーちゃんぽん」
を頼みました。
ご主人と女将さんの2人で営業されていましたよ。
店内は8割方の席が埋まっていました。
流石は人気店舗でした。
登場した「カレーちゃんぽん」がこちらです。
焼き餃子もお願いしましたよ。
そしたら、こちらがド~ンっと登場しました。
3名で訪れたので、1名5個分ですよ。
野菜炒めのカレー餡がたっぷりとかけられており
麺は、この様に
掘り起こさなければならん程でした。
熱々で美味でございました。
焼き餃子、普通に食していたのですが、せっかくなのでカレー餡を塗して喰らいました。
これはコレで、面白き味わいでした。
とても美味しゅういただきました。
万福になったでござるよ。
眠たくなっちゃいましたが、頑張って遊ばねばなりません。
曲がり角を戻って、六波羅蜜寺へと向かいました。
ここの門、開いているのを見たことがありません。
六波羅蜜寺は3年振りの参詣となります。
〝熊手の飾りバイキング〟が行われる仮設テントが設置されています。
年始だと、テント内に据えられた長机に各種装飾が並べられて、熊手に付けたい装飾を自由に選ぶことができる様です。
オリジナルの熊手をつくることができるなんて、素敵な遊びぢゃないですか。
西国で年始を迎え、各寺社を訪れて様々な遊びをしようと思っておりますの。
十一面観音が出迎えてくれます。
雲は浮かんでいましたが、良き青空に恵まれました。
入口横っちょの売店に寄りました。
空也デザインの「茶の菓」を土産用に購入しようと思っていたのですが、ありませんでした。
数年も経過していると、変わっちゃっているのですね・・・。
どうしたことでしょう?
この時の六波羅蜜寺、観光客で一杯でしたの。
調査した訳ではありませんが、殆どが日本人でした。
だいたいの外国人は立地状況から、ここ(六波羅蜜寺)まで訪れようという考えが及ばないのでしょう。
拝観手続きを済ませ
「平氏の屋敷密集地だったんだ。」
「六波羅探題はこの辺りだったんだ。」
と思いながら仮設テントを通過し、奥の授与所で朱印をいただきました。
一番下の段、文字が埋まっていますね。
久し振りだったので
「弁財天」
「空也」
の2種類を朱印帳に書いていただきました。
そして本堂の裏側に回り、
「六波羅蜜寺 令和館 重要文化財収蔵庫」
に入ります。
以前は入口周辺にグッズ販売コーナーがあったのですが、目ぼしいものは見当たりませんでした。
ここで海洋堂様「空也上人」フィギュアを追加購入しようと考えていましたの。
でも、販売している様な痕跡は残っていませんでした。
とうに売り切れてしまったのでしょうね。
残念にございます。
令和館内では、
地蔵菩薩像
運慶像
平清盛像
空也上人像
などと再会しましたよ。
空也上人像は、ずっと横から観察していました。
令和館を出て、本堂に向かいます。
この扉の向こう側が本堂内陣の奥側になります。
六波羅蜜寺の本堂は1363(正平18/貞治2)年に建てられたものです。
ですから、応仁・文明の乱を凌いだ建造物なのです。
研究が進み平安京全てが焼け野原になったのではないことが判っています。
京内で応仁・文明の乱以前から存続している建造物が幾つもありますのでね、皆様も探してみてくださいな。
昭和になってから大規模な解体修理がなされています。
この縁側の床板、何時頃のものなのでしょうね。
中世のものだと、感動しちゃいます。
本堂内に向かって射ます。
あらっ、予想以上に観光客の数が多うございました。
履き物を脱いで、堂内に入ろうとしました。
何と、堂内には大行列ができていましたの。
目当ては模刻「空也上人像」でしたので行列を意に介さず、堂内を探してみました。
模刻「空也上人像」、居ませんでしたよ・・・。
六波羅蜜寺の本堂内に模刻「空也上人像」が設置されたという記事に触れたのは2023(令和5)年のことでした。
模刻「空也上人像」は撮影可能ということで、楽しみにしておりましたの。
仏師「光寛」(こうかん)氏による模刻なのだそうです。
どうも期間限定の模刻公開の様でしたわ。
因みに、堂内の大行列は朱印をもらう為のものだった様です。
本堂を通り過ぎた売店では「弁財天」「空也」2種類の朱印をいただけたのですが、堂内では「六波羅蜜」の朱印をいただけるとのことでした。
・・・んでもねっ、並ぶとどのくらいの時間を要するかを考えたら・・・撤収することにしました(笑)。
また何れ、参詣しますしね。
その時にします。
本堂を出る際、柱の木目が印象的だったので撮影しました。
南北朝時代から、ずっと六波羅蜜寺を支えてきた柱です。
視点を上げると、節目が傷んでいたのでしょうね。
補修が為されていました。
こうしたことから歴史をうかがうことができるのは、とても楽しいことにございますよ。
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