東寺講堂 不動明王(東寺監修・公認MINIBUTSU大サイズ)

「教王護国寺」とも称される東寺は、桓武天皇による平安京遷都がなされた後の796(延暦15)年、平安京の南端・左京九条一坊に建立されました。従来と同様に都の呪術的守護を期して羅城門を挟んだ西寺と共に、京内に建立が許された寺院です。

                        「京都市平安京創世館」の平安京模型(縮尺1/1000)

東寺は823(弘仁14)年、中国への憧憬が強かった嵯峨天皇より空海へと下賜されて真言密教の専門道場となり、翌824(天長元)年には空海が造東寺別当として経営に携わることになりました。825(天長2)年に空海は講堂建立に着手、講堂・金堂・中門が南北一直線に並ぶ伽藍配置であったものに、追加した灌頂院・五重塔の内部には立体曼荼羅を配置することになったそうです。講堂は、835(承和2)年の空海入定までには竣工しており、839(承和6)年に立体曼荼羅供養が挙行されました。

立体曼荼羅は、空海創案の密教における宇宙観を具現化した21体の仏像群で、839(承和6)年に開眼されました(近年、844年開眼説も提示されています)。
1486(文明18)年に発生した文明の土一揆により焼失してしまった6体が再興像に代えられ、現在は15体が造像当初の姿を保っています。

講堂の諸像はいずれも檜材を用いた一木造で、補修箇所が多くなっている帝釈天・多聞天を除外すれば、いずれも頭髪など像の表面にあたる各所に乾漆の塑形が確認されています。こうした天平期の木心乾漆造りの技法を継承した官営工房に所属する仏師集団が、密教僧の指導によりながら新奇・斬新な乾漆併用木彫像の創造に携わったのだと考えられているそうです。

 

「MINIBUTSU」シリーズは、各寺院の許諾を得て日本人原型師が造型の細部にこだわり、職人さんがひとつひとつ手作業で彩色している、本物同様の雰囲気を醸し出す色合い・質感を再現したミニチュア仏像フィギュアです。権利等に厳格な著名真言宗系寺院に伝存する仏像が製作・販売対象となっているのが、とても貴重かつ嬉しいのです。

2011(平成23)年の「空海と密教美術」展をきっかけに、東寺講堂の不動明王・帝釈天・梵天・持国天の4種が発売されました。昨日(10/5)紹介の不動明王はこの最初の4種のひとつでした。その後、徐々に種類が増えていき、現在では「Borford JP(ボーフォードJP)」様より【空海 真言宗開宗1200年記念】と銘打って東寺正式監修公認の「立体曼荼羅全21体セット」、「東寺・不動明王」「東寺・帝釈天」「東寺・持国天」「東寺・増長天」「東寺・広目天」「東寺・多聞天」がいずれも大サイズで製作、「Zipangu online(ジパング オンライン)」様から発売されています。

 

今回の紹介は、このうち「東寺・不動明王」(大サイズ)のお話です。

 

同梱の解説書(東寺証明書)には

「国宝・不動明王(講堂内)
 五大明王の主尊で中央に位置し不動尊と称する。
 また不動使者ともいう。密教の諸尊を三輪身に分類し、
 大日如来を一切諸尊の総体として自身輪身、
 金剛波羅蜜多菩薩を正法輪身、不動明王を一切諸仏の教令輪身とする。
 不動明王は大日如来とならんで密教では最も広く信仰されている。
 右手に宝剣、左手に羂索を持ち、
 火焔光背を負って瑟瑟座に坐す像形である。

 本商品は、来る平成三十五年の「真言宗立教開宗壱千二百年」を記念し、
 東寺監修のもと、講堂内の国宝・不動明王を百分の一サイズに再現いたしました。
 念持仏としてお手元に置かれ、鎮護国家を祈願する東寺の弘法大師に
 思いを馳せていただければ幸いです。       東寺 印            」

とあります。

 

 

弘法大師・空海によって日本に伝えられた〝日本最古の不動明王〟のレプリカです。
しかも東寺の正式監修・許諾を得ています。

 

台座がおよそ22㎝四方、光背の頂までが約30㎝。
ポリレジン(合成樹脂)製で、計測していませんが重量は2.86㎏といいます。
なかなかの大物で、ズッシリと重みを感じます。

 

大日如来の化身として、魔物を降伏(ごうぶく)するために憤怒の形相で表現されています。

 

 

東寺講堂の不動明王は、一面二臂(いちめんにひ)と常相(じょうそう:人間と同じ)の姿で、頭髪を総髪にし、左耳の前で5箇所を束ね、毛先を長く垂らしています。垂らした毛先にはうねりがあり、〝不動〟であるにも関わらず観る者に躍動感を感じさせます。

 

身体の中心線よりも若干顔を右に向けており、見開いた両眼には剣に視線を向ける瞳として薄い黒色を指しています。
上の歯牙で下唇を噛んでいる面貌は、空海が師・恵果(けいか)から与えられた現図曼荼羅(げんずまんだら)に描かれたもので、これを空海が在世中に写させたのが神護寺所蔵「高尾曼荼羅」だといいます。この神護寺の胎蔵界曼荼羅に描写されている不動明王と特徴が一致していることから、この面相は「弘法大師様」(こうぼうだいしよう)と呼ばれているそうです。

 

剣は取り外しができます。この画像ではいったん剣を置いていただき、上半身の様子を観ていきます。
本物の身体は「青色」となっていますが、黒っぽい身体に青緑の顔料が所々に指されており、経年による退色の様子が再現されています。この彩色は、結構手間が掛けられたもので、職人さんの技術の高さがうかがえます。
腕輪に指された控えめな金色が程良いアクセントになり、千年の時間を経た実物の雰囲気を再現しています。

 

左手に握る羂索(けんさく)は、衆生(しゅじょう:あらゆる生類)を救済する象徴で、従わない者であっても縄で縛り付けてでも導いて救済するという意味を持っているのだそうです。

 

右手に握るのは三鈷剣にも見える倶利伽羅剣(くりからけん)で、「三毒」(さんどく)
  貪=貪欲(どんよく)…ものに執着する心
  瞋=瞋恚( しんい )…怒ること、腹を立てること
  痴=愚痴( ぐち )…物事の真理を知ることなく、理非の区別がつかないこと
を破る智恵の剣であり、更に魔物を打ち砕く剣でもあります。
この剣では表現されていませんが、倶利迦羅竜王が燃え盛る炎に姿を転じて巻き付いているとして「倶利伽羅剣」と呼ばれています。

 

 

後ろから見た光背の様子です。
不動明王は火生三昧(かしょうざんまい)に身を置かれています。
不動明王は常に火焔の中にあり、激しく燃え盛る炎によってあらゆる障害と一切の悪を焼き尽くすのです。
その様な火焔を、不動明王は背負っているのです。

 

この火焔は迦楼羅王(かるらおう)が出しているもので、東寺講堂・不動明王の火焔光背には表現されていませんが、像によっては火焔の中に鳥の姿が表現されているものもあります。
写真も映像再生機器も存在しない時代に、こうした音と灼熱が伝わってきそうな烈しく燃え盛る火焔を複雑な曲線の組み合わせで表現した仏師たちの技術と魂に感服せざるを得ません。

 

 

実際には東寺講堂で不動明王をこの角度から観ることはできません。
結跏趺坐(けっかふざ)の座り方も、この角度だとはっきり観ることができます。
角度が変わっても不動明王の身体のシルエットが美しく見えます。これは本物が計算され尽くした姿形であることに依るのでしょう。
昨日(10/5)の小さい不動明王のところで使った説明を、ほぼそのまま用いました。

 

火焔光背が、分厚く頑丈なものになっています。
倶利伽羅剣も真っ直ぐです。さすが高額商品。

 

東寺講堂では瑟瑟座(しつしつざ)上に坐していますので、拝観時はこの様な感じで見えます。

 

 

昨日(10/5)の初期minibutsuと並べてみました。
「国宝・不動明王」(大サイズ)と比べると、minibutsuは脇侍に見えてしまいますね。
大サイズ不動にはサイズ相応の迫力が、minibutsu不動には小さいながらにも精巧かつ美しさが備わっていますね。それぞれに良さがあるのです。

 

何時になるか不明ですが、「立体曼荼羅全21体セット」を迎えたいなと思いました。

 

 

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