大阪歴史博物館の10階に行くと、「難波宮 大極殿」の様子が復元されており、
前期難波宮:孝徳天皇の時代。難波長柄豊碕宮とも呼ばれています。
後期難波宮:聖武天皇の時代。
どちらでもよろしいのですが、大化の改新後の間もない時期もしくは奈良時代の宮殿の雰囲気を楽しむことができます。
大阪歴史博物館の10階から、「史跡 難波宮跡」を望んでいます。
以前、足を運んだことがあるのですが、殆ど記憶に残っていませんでした。
「史跡 難波宮跡」は、基本的に後期難波宮をベースに基壇を構築しているそうです。
時間に余裕を持たせておりましたので、博物館内の模型で後期難波宮の様子を学び、
現場に向かいました。
基壇があるのは大極殿と、その後方の内裏南門です。
内裏部分は、残念ながら道路が走っていますね。
大阪歴史博物館を出て、道路を越え「史跡 難波宮著」に到着です。
近いのですが、徒歩だと想像したよりも時間を要します。
時間にゆとりが無いと、予定が狂ってしまいますよ。
何年振りかで難波宮の敷地に立ち入りました。
基壇こそ後期難波宮をベースにしていますが、史跡「難波宮跡」は前期難波宮と後期難波宮が重層的になっている遺跡です。
場所によっては前期難波宮の遺跡、後期難波宮の遺跡が入り交じっている状態です。
詳しくは・・・各自お調べください。
これは「西八角殿跡」に建てられている鉄骨造の楼閣モニュメントです。
訪れる季節によって、鉄骨に巻き付いている植物の葉っぱのしげり具合が違ってきます。
この時は2月下旬ということもあり、葉っぱは枯れていましたね。
この「西八角殿跡」は、前期難波宮すなわち難波長柄豊碕宮の特徴的な建造物があった場所だそうです。
対称的な位置に「東八角殿跡」がありますが、そちらはこうしたモニュメントが存在しません。
記録や専門書で確認をしてはいないのですが、楼閣(高層建築物)があったと考えられているというのでそのうち(笑)探してみますね。
後期難波宮の内裏南門の基壇を、内裏側から撮りたかったのですが階段中央で男女が愛を語らっていました。
敷地内をそこそこ時間をかけて散策したのですが、動いてくれませんでした。
ですから撮りたい画角はありませなんだ。
愛の語らいを妨げる様なことはしませんよ。
また、次回の探訪時にたくさん写真を撮りますから。
内裏南門の基壇から、後期難波宮大極殿の基壇に向かっています。
南側から撮影したかったのですが、大阪府民・観光客の数が凄かったんです。
何時もみたいに〝人影の無い画像〟を撮ることは叶いませんでしたよ。
いいんですよ、また訪れますから。
大極殿の北側の端っこから基壇を観ています。
宮殿の柱の配列がイメージできる様に、柱跡のモニュメントが配置されています。
休日だったので、人混み状態でした。
次は平日を狙って訪れますよ。
「史跡 難波宮跡」には建造物が遺っていませんのでね、
大阪歴史博物館10階の復元難波宮大極殿の画像を元に、難波宮で遊びます。
中央には「高御座」(たかみくら)、天皇の玉座が再現されています。
孝徳天皇もしくは聖武天皇が腰を下ろしたであろう玉座をイメージしていますね。
「高御座」の上部、そして天井の様子です。
凄く丁寧に造り込まれていますよ。
ちょいと移動して、斜めから観ると
平面かいっ!
まぁ、ビルの一角ですからね。
スペースの関係で、立体的「高御座」は難しかったのでしょう。
立体的「高御座」を体感されたい場合は、「平城宮跡歴史公園」の復元大極殿に参りましょう。
難波の宮「高御座」が平面ということに落胆しましたが、
礎石立ちの柱ってことは、後期難波宮大極殿ってことかっ?
組物もしっかりしていますしね。
天井も、
柱と、その組物。
容赦の無い再現となっていますね。
「史跡 難波宮跡」大極殿基壇上に再現すれば良いと思うのですが、再現するには建造物の構造・強度の関係から基壇下に影響が出てしまいますね。
ビルの10階から、本物の難波宮があった所を望むのが、最高の判断なのでしょう。
向こう側に、男性の官吏が立ち並んでいます。
柱を挟んだ内側には
女官のお姉さんたちが並んでいます。
近付いてみましょ。
男性の官吏は3名でした。
金属の冠を着用している1名、通常の冠を着用している2名です。
金属の冠だけでなく、装束からも身分の高さが判りますね。
並んでいる両名、同じ顔をしていることは内緒ですよ(笑)。
金属の冠、
何と細やかな透かし彫りでしょう。
聖武朝の高官なのでしょうね。
橘諸兄(たちばなのもろえ)か?
3人1組のうち、ひとりだけ違う顔をしている彼は
髭を生やしておりませんので身分は低いのです。
ふくよかではありますがね。
隣の空間には、お姉さんたち6名が並んでいます。
持っている扇の形状が違いますね。
何かしら、意味があるのでしょうね。
後ろの真ん中の、お姉さん。
カメラを向けたら、こっちを向いてくれましたの(笑)。
お茶目~っ!
官吏のおっちゃんたちの後ろにまわったら
向こう側の端にも、男性の官吏が立っています。
近寄ってみますと
先程とは逆の立ち位置で、3名の官吏が並んでいました。
「高御座」に近い方が、高貴な身分ですよ。
こっちは誰でしょうかね?
これが橘諸兄でしょうか?
柱を挟んで内側に
お姉さん方が並んでいます。
反対側と同じ構図ですね。
両手で持つ扇の形状、先程のお姉さんたちと同じですね。
着衣の色、先程と左右が逆になっていますね。
やはり「高御座」に近い側が基準になっている様です。
ちょいと「高御座」側に移動すると
後列真ん中の、お姉さん。
こっち向いてくれています。
んっ?
他のお姉さん5人は、真っ直ぐを向いているのに。
後ろの真ん中のお姉さん、お茶・・・
「史跡 難波宮跡」と大阪歴史博物館10階を脳内で連動させると
楽しく遊ぶことができますよ。
さて次回、摂津国大坂に行くのは何時のことになるのでしょうかね?
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