薬師如来(イSムStandard・限定生産)

イSム十二神将を並べていると、どうしてもその中央に大物を据えたくなる衝動に駆られてしまいます。諸々と試してみましたが、しっくりこないのです。仏具店から薬師如来像を購入しようかと考えていましたが、寺院納品用は価格が娯楽の範疇を遥かに超越しており、この計画は頓挫していました。
すると2017年の初め、イSム様より十二神将購入者限定「薬師如来」販売お知らせが届いたのです。寺院用と比べれば手の届く価格であったので直ちに購入してしまいました。自邸において東方にあるという、清浄で悪意の無い浄瑠璃浄土を再現できるのは、無上の喜びでした。

<img src=”薬師如来.jpg” alt=”薬師如来”/>

 

モデルとなったのは像高が191.5cmの木造・薬師如来で、十二神将に囲まれた円形の須弥壇中央に祀られています。
国宝に指定され、制作時期を奈良時代とする説もありますが、平安時代初期の造像が有力視されており、京都神護寺の薬師如来像と並んで平安時代初期彫刻を代表する一木造彫像の傑作とされています。
台座に垂れ下がる布は後世の補作と考えられているそうです。イSム薬師如来像では布の躍動感がしっかり丁寧に再現されています。

因みに1975年(昭和50年)12月の調査において、像内くりぬき部から巻子本『法華経』8巻他が発見されたそうです。字癖から一人の手によって書写されたこと、写経に慣れた写経生ではないことなどが判っているそうです。
仏像の内部をくりぬいて空洞にすることを「内刳り」(うちぐり)といいますが、これは木が乾燥して割れてしまうことを防ぐ工夫で、この空洞に願いを込めた物を納めることもあります。

榧(かや)の木材による一木造で、榧の一木から体幹部(頭と胴体部)を彫り出し、それ以外の腕・脚部は体幹部を彫りだした同じ木からとった部材を縦に束ね木目を合わせた構造になっているそうです。こうした工夫が為されていたことから、従来はこの薬師如来像は完全な一木造だと考えられていました。しかし先述した1975年(昭和50年)の調査によって矧付け(はぎつけ)という技法で縦に寄せ木して体幹部以外を構成していることが判明したそうです。
残念ながらイSム薬師如来像では縦の木目までは再現されていませんが、その点を除外すれば本物そっくりの忠実再現です。

薬師如来がまとっている衣は、左肩から右腋の下を経て再び左肩を覆っており、衣の一部は右肩上にも及んでいます(偏袒右肩:へんたんうけん)。平安時代初期の造像から見られるようになった、布が波打つような彫り出しの翻波式(ほんぱしき)の衣文が丁寧に再現されています。

表情は木目・ヒビ割れを除けば、そっくりです。
瞳・眉・鬚には黒漆の描線が、唇と眼の隅に朱色がさされていますが、これらは本物に準拠しています。
木目や木材の退色の現状をもとに、顔つきは違和感の無い自然な仕上がりの彩色がなされています。

如来や菩薩の多くは半眼ですが、それに比すとこの薬師如来の目は瞳の様子がわかるほどの開かれており、目の表情は本物と同じく再現されています。

肉髻(にっけい)は実物よりも高くすることで、頭部のバランスをとっているようです。
本物の螺髪(らほつ)は群青彩色が退色したものですが、イSム薬師如来像も螺髪がひとつひとつ丁寧に再現され、青みがかった彩色が施されています。

本物は後補とされている旋毛状の螺髪(らほつ)がひとつひとつ植え付けられていますが、イSム薬師如来では螺髪パーツになっているようです。それでも個々の螺髪が詳細に再現されているのは驚愕です。
薬師如来の耳たぶは福相の福耳ですが、仏の身体的特徴である耳朶環状(じだかんじょう)という耳たぶの穴も再現されています。
また首もとに三道(さんどう)という三本の線もしっかりと再現されています。

左手は、左膝の上に置かれ、手首をわずかに身体の内側へひねり、第2・3・4指を柔らかく曲げて上に向けた掌には金色に輝く薬壺(やっこ)をのせています。この薬壺は後補のものだそうです。

右手は前方に出され、掌をやや右側に傾けた状態で立てており、第3・4指がわずかに曲げられています。これは恐れを払拭する印相(いんぞう)だそうです。
本物の色合いをデフォルメしており、これが弾力・肉感をともなう印象を与えてくれます。
右手のすぐ下には、結跏趺坐(けっかふざ)をしている左足が位置しています。

薬師如来の頭部後方に見える円形を「頭光」(とうこう)といい、肩から下の体部の後方にあたる頭光より大きな円形を「身光」(しんこう)といいます。この両方を合わせて「二重円相光」(にじゅうえんそうこう)と呼んでいます。
二重円相部外側の装飾を「周縁部」(しゅうえんぶ)といいます。
光背下部「光脚」(こうきゃく)より上方に宝相華樹(ほうそうげじゅ)が伸びていく造形になっています。もちろん、イSム薬師如来像はこれらの造形を詳細に再現しています。

光脚から上方に伸びていく宝相華樹の葉は、地中海沿岸原産の大型常緑多年草アンカサスの葉をモチーフとしていると考えられ、その葉上には薬師如来像とほぼ同造形の「化仏」(けぶつ)が左右に各々3体、光背の中に計6体が配置されています。本体の薬師如来と合わせた7体は、『七仏薬師経』に説かれている七仏薬師を表現していると考えられています。平安時代には延暦寺中興の祖である良源(りょうげん)によって摂関家のために七仏薬師法の修法がなされ、広く知られるようになったそうです。
光背の頂上には火焔装飾をともなう宝珠が据えられています。
現在は後補になる火焔の意匠が加えられていますが、当初の周縁部は宝相華の葉(ほうぞうげのは)が翻りながら上方に伸びていく意匠だったと考えられています。イSム薬師如来像の光背では、ここまで詳細に再現されています。

光背の背面の様子です。次回、新薬師寺を訪れる際にはここまで観察しようと思います。

最後に、とても格好良かったので、斜めから見たイSム薬師如来像をのせておきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・十二神将が、薬師如来から指示を受けているようです。何かの打ち合わせでしょうか?

 

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