特別企画⑤ みかえり阿弥陀 通常版とゴールド仕様の比較検証

今回は、以前紹介したイSム様「みかえり阿弥陀」の通常版と特別彩色仕様・限定版の比較検証をしてみたお話です。

イSム様「みかえり阿弥陀」のモデルは京都市左京区にある禅林寺が所蔵する「阿弥陀如来立像」です。

禅林寺は、空海の弟子・真紹(しんしょう/しんじょう)が故・藤原関雄(ふじわらのせきお)の所有していた山荘を買い取り、清和天皇より鎮護国家の道場として定額寺勅許と「禅林寺」寺号を下賜された寺院です。
禅林寺は、寺の中興の祖と位置付けられた永観(ようかん)によって〝念仏の寺〟となっていきました。永観は文章博士・源国経の子で、花山天皇の第4皇子であった禅林寺の深観に弟子入り、更に東大寺で学び、後に浄土教の感化されて阿弥陀信仰に傾倒し日に一万遍の念仏を唱えるようになりました。深観の没後、暫くしてから禅林寺に戻り、念仏に邁進しました。禅林寺が「永観堂」(えいかんどう)と称されるのは、永観が住したことに由来しますが、地元では禅林寺よりも永観堂の方が通りが良いといいます。
禅林寺の本尊・阿弥陀如来立像は、通称の「みかえり阿弥陀」で広く知られています。
日本において、この「みかえり阿弥陀」の作例は禅林寺・阿弥陀如来立像が最古の例だそうです。

 

正面からゴールド仕様と通常版を並べて見ています。
ゴールド仕様が色合い的に膨張しているように感じますが、阿弥陀如来像だけを観るとほんの僅かですが通常版の背が小さいようです。
あと通常版の身体の中心線が胸から上にかけて左に寄っているようです。

 

この角度からだと、通常版の身体の捻りが強めで、光背に身体を寄せているように見えます。
通常版とゴールド仕様では、光背の差し込みの形状が異なっているので、光背の角度が若干異なっています。もしかすると光背の差し込みのほぞ穴による個体差かも知れません。

 

別々に撮影した画像を並べてみました。
角度が違う画像ですが、通常版の方が上体を反らしているように見えます。

 

この角度から見ると、像の違いはあまり感じることはありません。
余所見をしているような、コミカルな画像になってしまいました。

 

別々に撮影した画像で、少々角度とカメラからの距離が異なっています。
通常版は金箔の貼り付けと彩色の合わせ技、ゴールド仕様は彩色のみだそうです。
金箔の〝味のある色合い〟が美しいですね。

 

外した光背を比較してみました。
左が通常版、右がゴールド仕様版の光背です。

 

阿弥陀如来が振り返っている頭部に陰に隠れる部分とその周囲の様子です。
比較用として並べた画像が小さいものになっていますが、通常版・ゴールド仕様版のそれぞれの記事をご覧ください。
TanaCOCOROシリーズ(小さいシリーズ)でも細やかな造形は一切の妥協が無い〝渾身の彫り込み〟になっています。
TanaCOCOROシリーズの全てとは言いませんが、〝凄み〟を持ったもののひとつが「みかえり阿弥陀」であることは間違いありません。

 

光背を外して左・真横から並べて見てみました。
ゴールド仕様版が若干、前のめりになっているように見えます。

 

別々に撮影した画像を並べています。
ほぼ同じ状態になっています。
若干、通常版の頬周りが引き締まっているように感じますが、金箔・剥がれ具合の色合いからの錯覚かも知れません。

 

こちらは右手の印の様子です。
全く同じ形の印ですが、角度を除いても像の色合いによって印象が異なります。

 

光背を外した状態で、2体を廻していきます。

 

 

 

まるで2体が楽しそうに踊っているかの様でしたが、通常版の後ろ姿が素敵だったので、別々に撮影した画像ですが後ろ姿・正面だけ並べて比較してみました。
通常版の後ろ姿、〝味がある〟ものですね。金箔貼り+彩色の合わせ技で、ここまでの風流な様(さま)が表現できることは凄いことです。

さぁ、ダンスに戻りましょうか。

 

 

 

 

 

また、ダンスを中断します。
本物は予め知っていなければ気付かないということですが、僅かに左足の膝を軽く曲げて、左足先が少し前に踏み出すという歩行の所作をしているのだそうです。
ということで、足元をみているのですが・・・判りませんね。
見続けていると、左足が前に出ているように見えてくるような感じがします・・・ね。

 

はい、これでダンスは終了です。

 

通 常 版:「なぁ、永観の歩みが止まっているだろっ?」
ゴールド:「そうですね、永観に〝早くついてこい〟って言いましょうか?」
・・・なんて打ち合わせしてそうです。

 

上の画像と位置が変わっていますが、「W(ダブル)・永観遅し」

 

個別のページでも注目しましたが、白毫が輝いて見えたので、その画像を並べてみました。
通常版の方が、まさに〝輝いて〟いるように見えます。

 

伝承に則って、永観に向かって振り返った時の表情をイメージして画像を並べてみました。

 

禅林寺・阿弥陀如来立像は、顔を左に曲げた特徴的姿の像として知られています。
1082(永保2)年2月15日の払暁(明け方)、永観50歳の時のことです。永観は日課としていた念仏を唱えながら禅林寺本尊・阿弥陀如来立像のまわりで行道(読経しながら仏像のまわりをめぐること)をしていたところ、阿弥陀如来像が須弥壇から降りて永観と共に行道をしたといいます。永観は驚愕して歩みが止まったそうでうが、その時に阿弥陀如来像が振り返って「永観遅し」と発言したといいます。阿弥陀如来像はこれ以来、首の向きが元に戻ることなく(左後方を向いた)、そのままの姿で安置されているとのことです。

 

 

やはり、通常版のコノ表情。
本当に「永観遅し」と言っているように感じます。

 

 

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