摂津国多田神社(兵庫県)その弐

「源氏三神社」のひとつ、摂津国「多田神社」(兵庫県川西市)に参拝してきましたよ。
源満仲の「多田院」(970・天禄元年)を起源とする、清和源氏(摂津源氏・河内源氏など)の発祥の地と位置付けられていますね。

三度目の参拝でしたが駐車場への入口が判り辛く、細道に迷い込んで車を擦っちゃいました。

多田神社の前は猪名川(いながわ)で、岩がゴロゴロしている〝天然の要害〟ですが、架橋工事が続いています。
「御社橋」(おしゃばし)の工事案内を確認したら工事期間は
   令和6年11月29日~令和12年9月(予定)
だそうです。
2024(令和6)年11月29日~2030(令和12)年9月(予定)まで、あと4年ほどかかる模様ですね。
橋の完成まで、何度参拝できるか、今後数えていきますね、


さて、振り返りまして道を渡ります。

狭い道ですし、案外交通量が多いので、気をつけましょうね。



階段下「史跡 多田院」の碑の横、「定」という禁制が掲げられています。

 

 

岩の形に合わせて箒目が施されていました。

箒目に踏み込むなど、無粋なことは致しませんぞ。



たいした勾配でありませんが

酷暑の下ですと、まぁまぁ息切れしてしまいます。

 

南大門の前に立っています。
暑くても川から流れてくる涼やかな風で、笹林道の垂れ幕が揺らいでいます。
心地よかったんですよ。


南大門には

「 正一位
  多田大権現」 」
の悪が掲げられています。

1696(元禄9)年に源満仲七百回忌を機に、東山天皇から「正一位 多田大権現」の神号が下賜されました。
勿論、徳川幕府からの後援もありましてね。



涼やかな風にたなびく笹竜胆。

色合いも涼しげなものになっております。



南大門を潜って左手側、多田神社の沿革についての資料が掲げられています。
その裏手側に手水所がありまして

岩を囲んでいる竹管から水が滴る様になっています。



竹蓋がかけられ

「葵の紋」が刻まれた丸瓦が重しで置かれています。



社務所で朱印を頂戴し、札・守などを購入しました。
もっと、各種グッズを開発すればいいのに・・・あっ。大変な時の真っ只中でしたわ。

「下乗」の表示が立てられているのが「随神門」(ずいしんもん)です。


1667(寛文7)年、徳川家綱によって再興された切妻造・瓦葺の八脚門です。

左右には
 豊岩間戸尊(とよいわまどのみこと)
 櫛岩間戸尊(くしいわまどのみこと)
が、それぞれ配されております。



随神門を潜って右手側に、これまた手水舎があるのですが

水は・・・止まっていました。
水が流れていた痕跡は、見て取れるのですがね。



拝殿の前に立っています。

この拝殿は、大きな建造物です。

1577(天正5)年、津田信澄(信長甥)の攻撃により社殿が焼失してしまいました。
徳川家綱が1665(寛文5)年に社領500石を下賜し、1667(寛文7)年に拝殿が落成したのだそうです。
大規模な入母屋造(いるもやづくり)で、屋根は檜皮葺(ひわだぶき)となっています。

1695(元禄8)年、徳川綱吉により大規模な修復が実施され、日光東照宮さながらに繁栄したことから〝西日光〟(にしのにっこう)と称されたそうです。



拝殿の中を覗くと

向こう側に本殿が見えます。



立入可能な場所まで進み、覗いています。

中央は笹竜胆の垂幕によって視界が遮られていますが、左・右は社殿に鮮やかな金具が施されていることが判ります。
この飾り金具の新調・取り付けは、2021(令和3)年に執り行われた「源頼光公壱阡年大祭記念事業」によるものだそうです。
源頼光の没が1021(寛仁5)年ということで、その1000年後の記念事業の一環でした。
藤原道長が〝望月の歌〟を詠んだのが1018(寛仁2)年、道長が没したのは1028(万寿4)年ですから、道長の存命中に亡くなったことになります。
『御堂関白記』に源頼光の評価が明記されている訳ではありませんが、裕福で頼りになる用心棒的な存在だったことでしょう。



本殿の後ろに石柵が見えます。

おそこまで進み入ったことはありませんが源満仲墓所/源頼光墓所、そして「酒呑童子首洗池」があるそうです。
現在は「年始三箇日限定」公開らしいので、近年中にスケジュール調整をして訪れる所存です。

 

何時になるかは予想できませんが、楽しみですよ。
ここ数年で
 源経基(山背国六尊王神社)
 源頼信(河内国通法寺跡に近い丘)
 源頼義(河内国通法寺跡)
 源義家(河内国通法寺跡に近い丘)
と、5~10年以上費やして清和源氏の面々と親しくなりましたからね。
これから機が熟していくことでしょう(笑)。



拝殿前を徘徊し(笑)、

江戸時代の建造物を愛でて、多田神社の雰囲気を把握します。
そのうち源満仲・頼光とも繋がることがあるでしょうからね。

 

ほらっ、墓所まで辿り着けなくても、〝また、来いよ〟って雰囲気になっているぢゃないですか(笑)。
また、そのうち参拝しますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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