「平城宮跡歴史公園」で遊ぼうってなりまして、その周辺で魅力的な遊び場所を探したら
法華寺
〒630-8001 奈良市法華寺町 882
TEL: 0742-33-2261
が近くにありました。
駐車場に車を停め、「赤門」の前に到着です。
「 総国分尼寺
法華寺門跡 」
の看板が掲げられていました。
この門を潜れば、国分寺・国分尼寺のネットワークで日本の国を護ろうとした聖武天皇・光明皇后の悲願を伝える〝総国分尼寺〟法華寺の中心に立ち入ることになります。
建造物は異なっても、聖武天皇・光明皇后が必死に国家を護ろうとした意志が遺っている場所ですよ。
時を超えて、その精神に触れることができるのは感動モノでした。
拝観手続きを済ませ、真っ直ぐ進んでいきますと
重要有形民俗文化財「浴室」(からふろ)です。
湯船に湯を張って入浴するのは江戸時代になってからのことで、それ以前は〝蒸し風呂〟(サウナ)で汗を流すのが入浴でした。
この「浴室」(からふろ)は、1766(明和3)年の再建ということでした。
内部の様子を窺い知ることはできませんでした。
世に知られた伝説が『元亨釈書』に収録されています。
光明皇后が悲田院と施薬院を開設し、光明皇后がみずから病人の対応にあたりました。
更に千人の人びとの垢擦りを発願したそうです。
そして千人目が皮膚病を煩った男性でした。
その病気の男性は光明皇后へ「身体の膿を口で吸い出してくれ」と言いました。
光明皇后は、その男性の膿を口で吸い出したところ、その男性は金色の仏と化し〝阿閦如来〟であることを伝えて飛び去ったといいます。
勿論、創作でしょうが、それ程に光明皇后が慈愛の心を以て人びとに接していたことは推測できますね。
この「浴室」(からふろ)の横を直進すると「光月亭」があります。
「光月亭」は古民家(旧東谷家住宅)で、奈良市の月ヶ瀬村から1971(昭和46)年に移築されたものだそうです。
休憩所として中に入ることができますが、座敷は立入禁止となっています。
奥の方に給水器(無料)が設置され、茶/レモン水をいただくことができます。
冷えてきまして、小雨も降ってきました。
休憩所で呑気に茶を飲んでいる場合ではありません。
「本堂」に向かいます。
境内の彼方此方に「礎石」が見受けられます。
原位置なのか、移動されたのかは判りません。
藤原不比等の屋敷を支えていたのかも知れませんし、光明皇后が父の邸宅を改築した最初の法華寺の建造物を乗せていたのかも知れません。
この礎石が、嘗ては何を背負っていたのかを想像すると楽しくなってきます。
「本堂」に向かって行くと、左手側に「鐘楼堂」が見えます。
そのまま進むと
「護摩堂」があります。
グルっと回ってきましたよ。
小雨が降り続いていましたが、やっと「本堂」前に到着です。
石灯籠越しに法華寺「本堂」を見ています。
法華寺は光明皇后が父・藤原不比等の邸宅を改築したことに始まります。
法華寺は745年頃に創建されたと考えられています。
しかし、1180(治承4)年に平重衡による南都焼き討ちによって多くの堂宇が焼失してしまったそうです。
鎌倉時代に僧・慶政(けいせい)により再建が進められました。
しかし室町時代の1499(明応3)年・1506(永正3)年に兵火で伽藍の多くが焼失してしまいました。
そして1596(慶長元)年の伏見大地震によって建物の倒壊被害を受けました。
1601(慶長6)年に豊臣秀頼・淀殿親子によって再建がなされたといいます。
但し、現在の「本堂」は創建法華寺の「金堂」「講堂」が建っていた場所ではない様です。
慶長期の豊臣家による再建は、当時の法華寺の状況に合わせて再建がなされた様で、創建当初の法華寺「金堂」「講堂」は、現在の「本堂」よりも南側に位置していたといいます。
境内の入口で期待した藤原不比等の陰影が感じられないのは、こうした再建の事情によるものでした。
残念ですが、どうしようもありませんからね。
「本堂」に立ち入り、拝観手続きを済ませます。
本尊「十一面観音像」は秘仏ですので、厨子の扉は閉ざされていました。
しかし、右手側に立っている御前立「十一面観音像」のお姿は拝見することができます。
本尊「十一面観音像」は、印度からの渡來仏師「問答師」(もんどうし)が光明皇后の姿をモデルに想像したと伝わりますが、実際の製作年代は造像様式から平安時代初期のものと判断されている様です。
本尊「十一面観音像」が御座します厨子の前、そして御前立「十一面観音像」の前で暫く坐していました。
朱印は数種類あったのですが
「十一面観音」
「維摩居士」
の2種をいただきました。
「維摩居士」は渋い選択でしょう(笑)。
「本堂」を出て、改めて「本堂」の全体を撮影しました。
すると飴が雪に変わって降ってきました。
「本堂」のおばちゃんが気を利かせて傘を貸してくださいました。
不測の事態でしたので、助かりましたよ。
有り難うね、おばちゃん。
もっと境内を楽しもうと思ったのですが、雪が強く降ってきたこともあり、今回はこれで撤収でした。
創建時の法華寺(旧藤原不比等邸)が南側にあるということを知りましたので、次回の参詣では寺域を超えて、〝古の法華寺〟の雰囲気を探ってみようと考えています。
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