河内国壺井八幡宮/壺井権現社(大阪府) その参

朝の内に大和国奈良の宿舎を出発し、午前のうちに到着することを目指しました。
河内源氏宗廟「壺井八幡宮」に参拝するためです。
カーナビでは高速道路を利用するルートが奨励されましたが、一般道利用との時間差は20分程でしたので、一般道を選択しました。
車も混雑していませんでしたし、通過した道路も良い状態でしたのでね。
高速道路を使わなくても到着予定時間は、ほぼ変わりありませんでした。

 

雲はありますが、何と綺麗な青空なのでしょうっ!
八幡神に参拝を喜ばれておりますの。

到着時、この周辺で近所の野球部・中学生たちがトレーニングをしておりました。
監督をしている大人が道路の真ん中に立っていて、我らが行く手を阻んでいたのです。
クラクションなんぞ、鳴らしませんよ。
そしたら中学生が「監督、車が来ています・・・」と伝えてくれて、やっと監督がどきました。
階段のところには〝階段をトレーニングで使うな〟と参拝者の邪魔をせぬ様に表示がしてあるのですが、そうした禁忌を無碍にするとは不届きな輩(ともがら)です。
子どもたちよ、そんな大人から早う解放されるがよいぞ。


さて、車を停め〝河内源氏宗廟〟を楽しみますよ。

あら~っ、水がねぇ・・・。
「井戸」とは云っていますが、井戸の体(てい)は為していない現状です。

 

「壺井水」の額が掲げられています。
前九年合戦の折、旱魃で苦しんでいた源頼義の射た矢が刺さった岸壁から清水が湧き出たことで、その清水を入れた壺を、この場所に埋めたという挿話があります。

 

この周辺の設備を確認していませんが、水を流す様な取り組みをしないと〝源氏が神によって助けられた〟というお話がね、茶色に汚れてしまいますよ。
不定期に水を入れて溢れさせる等して、水を循環させては如何でしょうか。
授与所で、おばちゃんが「壺井と通法寺の氏子さんは少ないので・・・」って仰っていましたが。
何とかなりませんかねぇ・・・。



野球部の子たち、昼前で練習が終わった様です。

この階段、ゆっくりと上っていきました。
実際には上ったり下りたりを繰り返して、こうした画像を撮っておりますの。
鳥居の向こう側、綺麗な青空が控えてくれていますね。



階段を上りきると、右手側に大阪府指定天然記念物「壺井八幡宮の楠」がどぉ~んっと構えております。

何度見ても、凄い神木ですわぁ。



源頼信も、源頼義も、そして源義家も、この「楠」(くす)を見ていたことでしょう。

当時は、ここまでデカくはなかったでしょうがね。
皆(源頼信・源頼義・源義家他)を、ここに連れてきて見せたら、さぞや驚くことでしょう。
あっ、神として祀られているし、近くに眠っているから知っているか(笑)。

 

何とも、素晴らしい存在感ですこと。
境内に入ってから、直ぐに授与所を訪れ、おばちゃんに朱印をお願いしました。
そしたら、おばちゃんから
 「朱印を書いている間、境内を回ってきてね。そうしたらできあがっているから。」
と言われ、こうしてゆったりと境内を楽しんでいました。

 

この「楠」、近付いて触ると、何とも言えぬ〝いい感じ〟がするのです。
パワーをいただいている・・・ってのとは違うのです。
木に配慮して、スリスリなんてしていません。
只、手を当てているだけです。
しっとりした肌触りで、この「楠」(くす)と一体化とは云いませんが〝繋がった〟みたいに思っていますの。

 

ちょいと離れて・・・目で楽しむ(笑)。
普段は離れている仲良しと、久し振りに対面した様な感じなのです。
とても〝優しい印象〟を受ける神木ですよ。

 

回り込むと、こんなに印象が変わるのです。
所々枯れて、切り落とされている箇所もあるのですが、とても元気に活きています。
この大地にしっかりと張った根、研究者の何方かが〝蛸の足の如く・・・〟と表現されたそうですが、将にそんな感じです。

 

〝香炉峯の楠〟が優しく包んでくれている状況を、天照大神が微笑んでいます。
何気なしに撮った画像ですが、優しく温かい写真が撮れていましたよ。



この「楠」、向かって左側に回り込むと

礎石が幾つも並んでいます。
何時の時代のものなのでしょうね。
なかなかな広さの建造物があったことを推測させるものです。

 

こうやって「楠」の周りで遊んでいたら、枝葉の隙間から天照大神がお顔を出しました。
あれ程方々へ自由に枝を伸ばし、いっぱい葉っぱを繁らせているのに、こうした隙間が生じるなんて・・・。
何とも不思議な現象でしたよ。

 

この「楠」、独特な枝の伸び方を見せているのです。
自然の力、生命力の素晴らしさ・・・色んなことに気付かされる神木ですよ。

皆様も壺井八幡宮を参拝されたら、この「楠」(くす)を愛でてみてください。
とても楽しいですよ。

 

縦のワイド写真で、根元から見上げていく様子を撮ってみました。
画像は平面ですがね、実際に現地で「楠」を目の当たりにし、そして触れると質感と長い年月の流れを体感されることでしょう。
感動しちゃうかもしれませんぞ。


「楠」周りで、かなりの時間を過ごしました。
とっても楽しかったのです。


「壺井八幡宮」へと向かいましょう。

初詣用でしょうかね、仮説テントが設置されています。



真っ直ぐ進み

中門の前に到着です。
1701(元禄14)年、徳川綱吉の命令を受けた柳沢吉保が再建したそうですよ。
扉には鍵がかかっており、中に入ることはできませんが

 

八幡宮本殿の様子を見ることができます。
スッキリと片付けられていますね。



正面からだと中門があるので

横っちょから本殿を観ています。
こちらの本殿も1701(元禄14)年、徳川綱吉の命令を受けた柳沢吉保によって再建されたものです。
授与所でおばちゃんが
 「最近までね、凄く鬱蒼としていたの。とんでもないところへ嫁に来ちゃったってね・・・」
って笑いながら、壺井の歴史を語ってくださいました。
こうして塗り替えられたのも、それ程昔のことではないとのこと。

いや、それでも斯様に境内が綺麗に整備されているではありませんか。
こうした環境で参拝できることを嬉しく存じますぞ。


八幡宮本殿の後ろ道を通っていると

またしても、天照大神が微笑みかけてくれます。
この日は本に、心地良き参拝になりましたよ。



次に「壺井権現社」に参拝します。

・・・とは云っても、八幡宮の直ぐ隣ですからね。
一応、鳥居の所から改まって参拝するのです。



「壺井権現社」の狛犬・阿吽です。

阿形が、楽しそうに笑っていました(笑)。



参拝したのは2025(令和7)年末でしたが

初詣用の門松は、もう据えられていました。
あと数日で、年が明けてしまうところでしたからね。
初詣だと、どれ程に賑わうのでしょうね。



権現社の横に

「猪出没注意」の注意喚起がありました。
熊やら、猪やら、野生獣が好き勝手していますね。



権現社に参拝です。

もう、凄くええ天気でしたの。

 


  正 一 位
  壷井權現
          」
の額、輝いていましたもん。



見上げたら、

〝徳川の魔の手〟が及んでいる証が見えました。
権現社の本殿に回り込むことを失念してしまいましたが、権現社の拝殿・本殿は共に1701(元禄14)年、徳川綱吉の命令で柳沢吉保が再建したものです。
同時に八幡宮の中門・本殿、権現社の拝殿・本殿を再建するのは、徳川氏にとって河内源氏は直接ではありません(血統という意味で)が、繋がりがあるという設定でしたからね。



干支は未だ「巳」でした。

次に参拝した時は「午」に変わっていることでしょう。

こうして境内を満喫した後、授与所に戻ってきました。
おばちゃんが朱印を書き上げてくださっていましたよ。
朱印を受け取る時に、おばちゃんと話が盛り上がりました。
前回の参拝時、おばちゃんが授与所を閉めて出たところで朱印をお願いしたのですが、その話をしたら覚えていて、そこから暫く話が続きました。
そしたら、おばちゃんが
 大阪歴史博物館 特別展「河内源氏と壺井八幡宮」
のお話をしてくださいました。
 「おぉ、ぢゃ〝天光丸〟も出展されるのですね。実物を観るの初めてなのですよ・・・」
と盛り上がっちゃいました。
 「普段はね、倉庫に入っているのよ・・・」
って、おばちゃんが色んなことを語ってくださいました。
他に参拝客が居なかったということもあり10~15分ぐらい、お話していましたよ。

次の参拝の時は、おばちゃんに武蔵国川越の土産を持っていこうかと考えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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